ヒダティコス
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ヒュダティウスは、400年頃にガリシア(現在のスペイン北西部)で生まれた。若い頃からキリスト教の信仰に篤く、聖職者の道を志した。417年には、高位聖職者であるアヴィトゥスと共に東方への巡礼に出発し、パレスチナで聖ヒエロニムスに会ったとされる。この経験が彼の後の著作活動に影響を与えた可能性が指摘されている。
427年頃には、故郷ガリシアのアクアエ・フラウィアエの司教に叙せられたとされている。当時、イベリア半島はスエビ族、ヴァンダル族、アラン族といったゲルマン諸族の侵入と定住によって激動の時代を迎えており、ヒュダティウスはそうした中で司教として共同体を導く役割を担った。彼は431年に、スエビ族の攻撃から自らの属する地域を守るため、西ローマ帝国の実力者フラウィウス・アエティウスに助けを求めたことが記録されている。アエティウスはフランク族との和平を成立させた後、ヒュダティウスをイベリアに送り帰した。
彼の生涯の終わりは明確には記録されていないが、彼の年代記が468年で終わっていることから、469年頃に死去したと考えられている。彼は生涯を通じて、故郷ガリシアの動乱を間近で目撃し、その出来事を克明に記録することに努めた。