ヒューバート・グリーン
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| 基本情報 | ||||
| 生誕 | 1946年12月28日 | |||
| 死没 | 2018年6月19日(71歳没) | |||
| 出身地 | アラバマ州バーミングハム | |||
| 経歴 | ||||
| プロ転向 | 1969年 | |||
| 成績 | ||||
| 優勝回数 | 28勝 | |||
| 初優勝 | 1971年ヒューストン・チャンピオンズ・インターナショナル | |||
殿堂表彰者 | ||||
| 選出年 | 2007年 | |||
| 選出部門 | ベテラン | |||
| 2018年6月21日現在 | ||||
ヒューバート・グリーン (英語: Hubert Myatt Green、1946年12月28日 - 2018年6月19日)は、アメリカのプロゴルファー。1977年「全米オープン」と1985年「全米プロゴルフ選手権」のメジャー2勝を挙げ、PGAツアーでは通算19勝している。「早打ちマック」としても知られている。バックスウィングでアウトサイドに上げ、ダウンスウィングでインサイドに引き付けるスウィングの元祖。
アラバマ州バーミングハム出身。5歳の時にゴルフをやり始めた。
フロリダ州立大学卒業後、1969年にプロ入りし、PGAツアー中心に活躍。
1971年、PGAツアー新人王。
親日派として知られ、1975年に「ダンロップフェニックストーナメント」で初優勝し、1985年には「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」で日本2勝目を挙げており、中でも「ダンロップフェニックストーナメント」は最多の20回出場した。その後、1998年よりチャンピオンズツアーに参戦し、通算4勝を挙げている。
PGAツアー通算19勝を挙げた。
最も有名な優勝が、オクラホマ州タルサのサザンヒルズCCで開催された1977年の全米オープンである。第3ラウンドを首位で終えたグリーンは最終第4ラウンドでも首位の座をキープしていた。14番ホールで大会の役員から「15番ホールで射殺する」との脅迫が届いていることを知らされた。
ライダーカップにも出場しており、個人では無敗。
ガンを発病し、2003年に咽喉癌となり、扁桃と舌下手術を行い無事に成功。2007年には世界ゴルフ殿堂入りを果たしている。