ヒルベルトの第24問題
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ヒルベルトの第24問題(ヒルベルトのだい24もんだい、ドイツ語: Hilberts 24. Problem、英語: Hilbert's twenty-fourth problem)は、ダフィット・ヒルベルトが1900年の国際数学者会議(パリ会議)に関連して構想していたが、公刊された「ヒルベルトの23の問題」には含まれなかった未公表の問題である。後年、ヒルベルトの数学ノートの調査からその存在が確認され、主題はおおむね証明の単純性の基準および最簡証明の理論にあったと理解されている。[1]
ヒルベルトの問題群は、公刊形においては23題として定着した。1900年のパリ会議では時間の制約から10題のみが口頭発表され、23題の全体像は同年のゲッティンゲン・ナハリヒテン掲載版を通じて示され、その後メアリー・ウィンストン・ニューソンによる英訳が広く知られるようになった。[2][3]
これに対し、第24問題はヒルベルトが講演にも印刷版にも含めなかった問題であり、リュディガー・ティーレはこれを「取り消された問題」(canceled problem)として紹介している。[4]
問題の中心は、ある定理についてどの証明が最も単純か、また二つの証明の差がどの条件や補助手段に由来するかを明らかにすることにあった。[5]
発見と史料
第24問題の存在は、ティーレによるヒルベルト遺稿の調査を通じて明らかにされた。[6]
ティーレとラリー・ウォスは2002年に発表した論文においても、長く知られていなかったこの問題について言及している。[7]
また、ヒルベルトはこの問題を、ゲッティンゲン・ナハリヒテン版の校正に関わったアドルフ・フルヴィッツやヘルマン・ミンコフスキーにも伝えていなかったとされる。[8]
内容
ティーレの紹介するヒルベルトの記述では、第24問題は「証明の単純性の基準」、あるいは「ある証明が最大限に単純であることの証明」を問題とし、数学一般における証明方法の理論を発展させるべきだとされる。さらに、与えられた条件のもとでは「最も単純な証明」は一つしかありえず、二つの証明があるならば、それらを相互に導出するか、そうでなければ両者で用いられている条件や補助手段の差異を明らかにすべきだと記されている。[9]
ティーレは、このノートには判読困難な箇所や文法的に整わない箇所があり、ヒルベルトが急いで書き留めた可能性があると注記している。[10] また、単純性の具体例として、不変式論におけるsyzygy(スィジジー、シジジー)と初等幾何学の定理群が念頭に置かれていたことを論じている。[11]
ヒルベルトの23の問題との関係
受容と研究史
第24問題は、再発見後、単なる「失われた追加問題」としてだけでなく、証明とは何か、二つの証明はいつ同じとみなせるか、証明の単純性をどう測るかといった問題群の歴史的先駆として注目されるようになった。ティーレとウォスは、これを自動定理証明における証明探索や証明簡約の問題とも関係づけている。[15]
2019年には、哲学紀要において、ヒルベルトの第24問題における「単純な証明」の概念を扱う特集が組まれた。導入論文では、第24問題が論理学・証明論・数学実践研究を横断する論点を提供するものであると位置づけている。[16] また、ルッツ・シュトラスブルガーは、証明の同一性の問題、すなわち複数の証明をいつ同じものとみなすことができるかという問題と第24問題の関係を論じている。[17]