ビクトル・パス・エステンソロ
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| ビクトル・パス・エステンソーロ Ángel Víctor Paz Estenssoro | |
ビクトル・パス・エステンソロ, 1958 | |
| 任期 | 1985年8月6日 – 1989年8月6日 |
|---|---|
| 副大統領 | フリオ・ガレート・アイジョン |
| 任期 | 1964年8月6日 – 1964年11月4日 |
| 副大統領 | レネ・バリエントス・オルトゥーニョ |
| 任期 | 1960年8月6日 – 1964年8月6日 |
| 副大統領 | フアン・レチン・オケンド |
| 任期 | 1952年4月15日 – 1956年8月6日 |
| 副大統領 | エルナン・シーレス・スアーソ |
| 出生 | 1907年10月2日 |
| 死去 | 2001年6月7日(93歳没) |
| 政党 | 民族革命運動党 (MNR) |
ビクトル・パス・エステンソーロ(Ángel Víctor Paz Estenssoro、1907年10月2日 - 2001年6月7日)はボリビアの政治家。彼はエルナン・シーレス・スアーソ (Hernán Siles Zuazo) と共に中道政党である民族革命運動党 (Movimiento Nacionalista Revolucionario : MNR )を結成した。
1952年4月にMNRはボリビアの軍部による相次ぐクーデターと独裁を止めるべく革命を引き起こした。エステンソーロが革命後の新政権の最初の大統領になり、1952年から1956年までの4年間務めた。その後の期間は政権を握る事が許されず、1956年から1960年まではシーレスが大統領を務める事になった。 この間、1956年11月には、日本政府の賓客として前大統領の肩書で来日を果たしている[1]。
パス・エステンソーロは1960年に大統領に再選され、1964年11月4日にレネ・バリエントス・オルトゥーニョ (René Barrientos Ortuño) とアルフレード・オバンド・カンディーア (Alfredo Ovando Candía) によって引き起こされた軍事クーデターによってMNRが政権政党から引きずりおろされるまでの間、大統領職を務めた。その後、1982年になるまで軍事政権は続く事になる。
この頃にはパス・エステンソーロとシーレス・スアーソは政治的に分裂していった。シーレスはより右傾化してゆき、1982年に政権を取る。しかし、次の1985年の選挙でパスは3度目の当選を得て、1989年までの4年間大統領を務めた。