ビジャフランカ・デ・コルドバ
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| 州 | |
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| 県 | |
| 司法管轄区 | モントーロ |
| 面積 | 58.47 km² [1] |
| 標高 | 146m |
| 人口 | 4,918 人 (2016年) |
| 人口密度 | 84.11 人/km² |
| 住民呼称 | villafranqueño/-a |
| 自治体首長 (2011年) |
Francisco Javier López Casado (PSOE-A) |
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北緯37度57分 西経4度32分 / 北緯37.950度 西経4.533度座標: 北緯37度57分 西経4度32分 / 北緯37.950度 西経4.533度
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ビジャフランカ・デ・コルドバ(スペイン語: Villafranca de Córdoba)は、スペイン・アンダルシア州コルドバ県のムニシピオ(基礎自治体)。面積は58.47km2、2016年の人口は4,918人であり、人口密度は84.11人/km2。標高は146m。コルドバ県の県都コルドバから27kmに位置する。
ビジャフランカ・デ・コルドバの市街地はグアダルキビール川の右岸、シエラ・モレーナ山脈のふもとに位置する。ビジャフランカとは「平らな村」「障害物のない村」の意味であり、その名の通り平坦である。防御には適していないため、攻撃を避けるため、レコンキスタ時代にキリスト教徒とイスラム教徒が対峙していた最前線から離れたこの地に創設された。
歴史
この地では先史時代の遺跡が発見されており、また、ローマ時代の街道が通っており、古代ローマの「Sacilis」との関係もとりざたされたりするが、現在の街の起源は中世、14世紀カスティーリャ王ペドロ1世が侍従長マルティン・ロペス・デ・コルドバに、入植民を住まわす権利を付与してこの地を与えたことにさかのぼり、当初はビジャフランカ・デル・カスカハールと呼ばれた。その後カラトラーバ騎士団の、そしてフェルナンデス・デ・コルドバ一族の、そして18世紀には最終的にメディナセーリ家の所領となった。また、ハビエル・デ・ブルゴスによる地方改革で県が創設されるまでは、ビジャフランカ・デ・アグハスの名称でハエン王国の領域を構成する飛び地とされていた。
