ビニャン

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フィリピンの旗 フィリピン共和国
設立 1688年
標高
67 m
ビニャン
独立市
リサール広場
リサール広場
愛称 
南部の貿易と商業の中心
プト・ビニャンとカカニンの故郷
標語 
進歩するビニャン
ラグナ州内のビニャンの位置
ラグナ州内のビニャンの位置
ビニャンの位置(フィリピン内)
ビニャン
ビニャン
ビニャンの位置
北緯14度20分 東経121度05分 / 北緯14.333度 東経121.083度 / 14.333; 121.083座標: 北緯14度20分 東経121度05分 / 北緯14.333度 東経121.083度 / 14.333; 121.083
フィリピンの旗 フィリピン共和国
地方] カラバルソン地方
ラグナ州
設立 1688年
市制 2010年2月5日
バランガイ 24
政府
  市長 Marlyn B. Alonte-Naguiat (自由党)
  副市長 Walfredo R. Dimaguila (自由党)
面積
  合計 43.50 km2
標高
67 m
人口
(2010)[3]
  合計 283,396人
  密度 6,500人/km2
族称 Biñanense
等時帯 UTC+8 (PST)
ZIP code
4024
Dialing code 49
Income Class 1st Class

ビニャン([bɪnjn] フィリピノ語: BinyangBinyan, [biɲan]), 公称:City of Biñan (フィリピン語: Lungsod ng Binyan)はフィリピン共和国ルソン島カラバルソン地方ラグナ州の独立市である。マニラの約34km南に位置し、フィリピン国鉄(メトロ・コミューター)と南ルソン高速道路で繋がる。ビニャンはマニラ首都圏の郊外住宅地であると同時に、国内最大の工業団地と自由貿易地区が有る。2010年の市制以前、ビニャンは最も裕福な町だった。 [4] 2010年時点の人口は約28.3万人で、ラグナ州で4番目に大きい。 [3]

アルベルト・マンションの崩壊

ビニャンには雨季(5~10月)と乾季(11~4月)が有る。6~9月は特に雨が多く、年間平均降水量は200mmである。郊外の山のお陰でこの地域は涼しい。

Biñan City, Laguna, Philippinesの気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C°F 34
(93)
34
(93)
35
(95)
36
(97)
37
(99)
38
(100)
38
(100)
35
(95)
35
(95)
34
(93)
34
(93)
34
(93)
38
(100)
平均最高気温 °C°F 30
(86)
31
(88)
32
(90)
33
(91)
33
(91)
32
(90)
31
(88)
30
(86)
31
(88)
30
(86)
30
(86)
30
(86)
31
(88)
平均最低気温 °C°F 21
(70)
22
(72)
22
(72)
24
(75)
25
(77)
25
(77)
24
(75)
23
(73)
23
(73)
23
(73)
23
(73)
22
(72)
23
(73)
最低気温記録 °C°F 15
(59)
15
(59)
15
(59)
16
(61)
16
(61)
20
(68)
21
(70)
21
(70)
21
(70)
21
(70)
19
(66)
17
(63)
15
(59)
出典:Weatherbase[5]

歴史

1571年6月末、フアン・デ・サルセド船長が上陸した場所をビニャンと名付けた。ミゲル・ロペス・デ・レガスピがフィリピン最大でアジア2位のバエ湖の側にマニラを設置した1ヶ月後だった。

1688年、バエ湖州の州都がバエからパガサンジャンに移った。ビニャンはタブソ(現在のサブヤオ)から分離した。

1791年、ビニャンからサンタ・ロサが分離した。

1869年ホセ・リサール少年と兄のパシアノがビニャンを訪れる。彼らは旧市街地の叔母の家に泊まった。ここでホセは初めて公的教育を受け、マニラで進学するよう勧められる。ビニャン広場にはホセの像が立っている。

人口推移

ビニャンの人口
人口±% 増減
1990 134,553    
1995 160,206+3.32%
2000 201,186+5.00%
2007 262,735+3.75%
2010 283,396+2.79%

宗教

ローマ・カトリックが多数派だが、モルモン等の他のキリスト教を信仰する者もいる。

姉妹都市

脚注

外部リンク

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