ビル・ホソカワ
アメリカのジャーナリスト、作家 (1915-2007)
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経歴
1915年、ワシントン州シアトルに生まれる。ワシントン大学に進学してジャーナリズムを専攻するが、1937年に大学を卒業しても日系人を採用してくれる新聞社は無かった。英字新聞の立ち上げを志し、シンガポールや上海を渡り歩いた後、真珠湾攻撃が行われる直前に帰国。

第二次世界大戦中は、ワイオミング州のハートマウンテン移住センター(強制収容所)に収容され、所内新聞である「ハートハウンテン・センチネル」の編集にあたった。所内で収容者の徴兵拒否運動が組織化された際には、徴兵拒否に否定的な立場を取っている[2]。
1946年、コロラド州に移り「デンバー・ポスト」の編集を行う傍ら日系人の強制収容を題材にした書籍を出版。「パシフィック・シチズン」紙でも差別を題材にしたコラムを長年担当した[3]。
