ピエール・バンジェリ
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| Pierre Binggeli ピエール・バンジェリ | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 職業 | 撮影監督 |
| ジャンル | 映画、テレビ映画、ビデオ映画、ドキュメンタリー映画 |
| 活動期間 | 1977年 - |
| 活動内容 |
1977年 グルノーブルで『二人の子どもフランス漫遊記』の撮影に参加 1981年 ローザンヌで『フレディ・ビュアシュへの手紙』に協力 1982年 ロールで『「パッション」のためのシナリオ』撮影 |
| 主な作品 | |
| 『ゴダールの映画史』 | |
ピエール・バンジェリ(Pierre Binggeli)は、スイスの撮影監督である。ジュネーヴの映画製作会社トランス・ヴィデオ・ピエール・バンジェリ代表。
1977年 - 1978年、フランスのイゼール県グルノーブルに根拠地を持つジャン=リュック・ゴダールとアンヌ=マリー・ミエヴィルが、共同監督として製作したテレビ映画シリーズ『二人の子どもフランス漫遊記』の撮影に、ウィリアム・リュプチャンスキー、ドミニク・シャピュイ、フィリップ・ロニとともにクレジットされているのが、映画史上にみるバンジェリの最初の登場である。
1979年、ゴダールとミエヴィルは活動拠点をスイスに移し、ヴォー州ロールに工房を構え、商業映画復帰第1作『勝手に逃げろ/人生』(1979年)を撮るが、1981年、同州のローザンヌ市制500年記念映画『フレディ・ビュアシュへの手紙』にふたたび「協力」クレジットで、バンジェリは登場する。同作の撮影はジュネーヴのテレビ局テレヴィジオン・スイス・ロマンド(TSR)のカメラマンで、『勝手に逃げろ/人生』にも参加した当時27歳のジャン=ベルナール・ムヌーである。ゴダールの次作『パッション』(1982年)では、そのメイキングである『「パッション」のためのシナリオ』(1982年)をムヌーと共同で撮った。以降、ゴダール、あるいはミエヴィルとの共同監督作の短篇のカメラを回した。
1988年から、ゴダールは大作『ゴダールの映画史』(1988年 - 1998年)の製作にとりかかるが、同作の新撮部分のカメラを回している。
バンジェリが経営する「トランス・ヴィデオ・ピエール・バンジェリ」は、ジュネーヴ州グラン=サコネテルー道18番地(chemin terroux 18, le grand-saconnex)に存在する。1979年以来、テレヴィジオン・スイス・ロマンドとは協力関係にある。