ピエール・ユベール・ラルシュヴェック
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フランス南部のニームに生まれた。彫刻家、エドメ・ブーシャルドン(Edmé Bouchardon: 1698–1762)のもとで学んだ後、1744年からローマに留学し、5年間そこに滞在した。1750年ころパリに戻り、パリで作品を制作していたが、1853年にエドメ・ブーシャルドンの弟で、ストックホルムでスウェーデンの宮廷彫刻家として働いていたジャック=フィリップ・ブーシャルドン(Jacques-Philippe Bouchardon: 1711-1753)が亡くなったため、その後任として、エドメ・ブーシャルドンによってラルシュヴェックが推薦された。
条件の交渉や準備が行われた後、1755年にストックホルムに渡った[2] 。スウェーデンではストックホルムのグスタフ2世アドルフの騎馬像やストックホルムの「貴族の家(Riddarhuspalatset)」前のグスタフ1世のモニュメントなどを制作し、1768年から1777年の間はスウェーデン王立美術院の会長も務めた。
1777年にフランスに帰国し、翌年、故郷に近いモンペリエで亡くなった。スウェーデンでの弟子にはユーハン・トービアス・セルゲル(1740-1814)がいて、グスタフ2世アドルフの騎馬像の付帯彫刻を完成させ、ラルシュヴェックの後任としてスウェーデン王立美術院の彫刻の教授になった。