ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ
ベルギーの画家、植物学者 (1759年 – 1840年)
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「バラの画家」

ナポレオン1世の皇后ジョゼフィーヌがマルメゾン城にバラ園を営み、世界中からバラを蒐集していることを知ったルドゥーテはバラの絵を描くことを思い立ち、ジョゼフィーヌからバラ園の出入りの許可を得た。以来、ルドゥーテはマルメゾン城のバラや他の植物の絵を描くことになった[2]。
ルドゥーテはいくつかの植物図譜を著すが、その中でも「バラ図譜(Les Roses)」は最高傑作と言われる。
「バラ図譜」はジョゼフィーヌの死後の1817年から1824年にかけて全3巻に分けて出版される。「バラ図譜」には169種のバラが精密に描かれ、芸術的価値だけではなく植物学上も重要な資料となっている。
「バラ図譜」の原画は1837年にベリー公妃マリー=カロリーヌの口利きで国家に買い上げられることとなるが、1871年のルーブルの図書館の火災で消失したと言われている。
人生
祖先はネーデルラントの騎士だったが、芸術家を多く輩出する家系であり、職業画家となる人物が多かった。
ジョゼフの父は宗教画家、兄弟は装飾画家を務めており、幼い頃から絵に親しんでいた。
10代後半からパリにある兄の工房で装飾画家を務めていたが、植物画家ヘーラルト・ファン・スパーンドンクに才能を見出され、技術を学び、植物学者シャルル=ルイ・レリチエ・ド・ブリュテルの著作「新種植物の記述」の挿絵を手がけたことから博物画(植物画)の世界に入った。
ルドゥーテの植物画は絵の正確さから、園芸家などからも支持を集めた。
王妃の蒐集室付素描画家、自然史博物館付植物画家、自然史博物館付図画講師を歴任し、金銭的には恵まれていたが、浪費癖があったため生活はしばしば困窮し、死の直前には銀食器まで売り払うほどだった。
略歴
- 1759年 南ネーデルラント(現ベルギー)に生まれる
- 1784年-1785年 「新種植物の記述」出版。挿絵を担当する
- 1789年 王妃の蒐集室付素描画家の称号を得る
- 1793年 自然史博物館付植物画家となる
- 1802年-1816年 「ユリ科植物図譜」出版
- 1817年-1821年 「バラ図譜」出版
- 1822年 自然史博物館付図画講師となる
- 1827年-1833年 「名花選」出版
- 1840年 没
- 1843年 「王家の花束」出版
作品
日本版著書
- 『バラ図譜 1・2』原題:"Les Roses" ISBN 4051511146 & ISBN 4051511154
- 『ユリ科植物図譜 1・2』
- 『美花選 1・2』、各・荒俣宏編・監修
- 学習研究社、各・1988年。各・レプリカ画集で高額
- 『バラ 全図版』タッシェン・ジャパン、2007年
- 『バラ図譜』河出書房新社、2008年
- 『美花選』河出書房新社、2010年、のち各・普及版で度々再刊