1980年代に行われた考古学的研究によると、建物は元々キリスト教の教会で、1300年頃に建てられ、 聖ステファノにちなんで名付けられた。建設年の推定は用いられている建設技術が典型的であった時代に基づいている。 [1] モスクへの改築は1479年に行われ、メフメト2世(ファティスルタンメフメット、征服サルタンメフメット)にちなんで改名された。 [2]
この教会およびモスクの遺跡には、ディッカ 、ミフラーブ、大きなミナレットの遺跡がある。ファティスルタンメフメットモスクはシュコドラに中世から残る数少ない建物の一つであり、エンヴェル・ホッジャの独裁時代にシュコドラの36のすべてのモスクが破壊された際に、一部にしても残存した唯一のモスクである。 [2] 部分的に米国の支援を受けているこのモスクを元の教会の状態に復元する計画については、シュコダルのイスラム教徒のコミュニティが好意的ではなく、米国大使のマーシーリース氏は、プロジェクトの資金調達を再評価することを約束した。[3]