フィッツジェラルド=ヴィージー男爵

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創設時期1826年7月31日
初代初代女男爵キャサリン・フィッツジェラルド
フィッツジェラルド=ヴィジー男爵
Baron FitzGerald & Vesey
創設時期1826年7月31日
創設者ジョージ4世
貴族アイルランド貴族
初代初代女男爵キャサリン・フィッツジェラルド
最終保有者3代男爵ヘンリー・フィッツジェラルド=ヴィジー英語版
付随称号フィッツジェラルド=ヴィジー男爵(UK
断絶時期1860年

フィッツジェラルド=ヴィージー男爵: Baron FitzGerald and Vesey)は、かつて存在したイギリスの男爵位。アイルランド貴族爵位。

アイルランド王国の政治家ジェームズ・フィッツジェラルドが自身への叙爵打診を断り、代わりに妻が男爵に叙されたことに始まるが、その子の3代男爵の死去に伴い爵位廃絶となった。

3代男爵が主席司祭を務めたキルモア大聖堂

政治家ジェームズ・フィッツジェラルド(1742-1835)法廷弁護士庶民院議員として活動した[1]。彼は公職引退後の1826年に叙爵を打診されたが固辞したため、その妻キャサリン(1759-1832)に対して同年7月31日アイルランド貴族爵位のクレア県クレア及びインチクロナンのフィッツジェラルド=ヴィージー男爵(Baron FitzGerald and Vesey, of Clare and of Inchicronan in the County of Clare)が与えられた[註釈 1][2][3]。彼女が1832年に亡くなると、夫妻の長男ウィリアムが爵位を継承した[1]

2代男爵ウィリアム(1783-1843)トーリー党の政治家として陸軍支払長官商務庁長官を歴任したのち、1835年1月10日コーク県デズモンド及びクラン・ギボンのフィッツジェラルド男爵(Baron FitzGerald, of Desmond and of Clan Gibbon in the County of Cork)に新規に叙された[註釈 2][4][5]。この爵位は連合王国貴族爵位であるため、彼は貴族院に列せられた[5]。また、彼には庶子ウィリアム英語版がいたものの嫡出子でなかったため、その死去に伴ってフィッツジェラルド男爵は一代で途絶えた[4]。他方、アイルランド爵位のフィッツジェラルド=ヴィージー男爵は弟のヘンリーに継承されている[1][4]

3代男爵ヘンリー(1786頃‐1860)聖職者であり、キルモア首席司祭英語版在職のまま1860年に永眠すると爵位は廃絶となった[3][6]

フィッツジェラルド=ヴィージー男爵(1826年)

脚注

関連項目

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