フィリベルト1世・ディ・サヴォイア
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生涯
アメデーオ9世とその妻ヨランド(フランス王シャルル7世の娘)の間の息子[1]。イル・カッチャトーレ(il Cacciatore:狩人)の異名で呼ばれる。フランス語名フィリベール1世・ド・サヴォワ(Philibert Ier de Savoie)。
1476年に[1][注釈 1]、ミラノ公ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァと叔母ボナ・ディ・サヴォイアの娘で従妹にあたるビアンカ・マリア・スフォルツァと結婚した。夫妻の間に子供はいなかった。
当初はサヴォイアの貴族に誘拐され、トリノに監禁されていたフィリベルトは、フランス王ルイ11世の介入により解放された[3]。1482年、フィリベルトは17歳で結核により死去し、幼くして未亡人となったビアンカ・マリアはその後神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世と再婚した。弟カルロ1世が公位を継承した[3]。