フィル・キャンベル (アラバマ州)
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フィル・キャンベル Phil Campbell, Alabama | |
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町 | |
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フランクリン郡におけるフィル・キャンベルの位置 | |
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アラバマ州の位置 | |
| 座標:北緯34度21分07秒 西経87度42分26秒 / 北緯34.35194度 西経87.70722度座標: 北緯34度21分07秒 西経87度42分26秒 / 北緯34.35194度 西経87.70722度[1] | |
| 国 |
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| 州 |
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| 郡 | フランクリン郡 |
| 面積 | |
| • 合計 | 4.32 mi2 (11.20 km2) |
| • 陸地 | 4.31 mi2 (11.16 km2) |
| • 水域 | 0.01 mi2 (0.04 km2) |
| 標高 | 1,014 ft (309 m) |
| 人口 | |
| • 合計 | 992人 |
| • 密度 | 230.16人/mi2 (88.87人/km2) |
| 等時帯 | UTC-6 (中部標準時) |
| • 夏時間 | UTC-5 (中部夏時間) |
| ZIPコード |
35581 |
| 市外局番 | 205, 659 |
| FIPSコード | 01-59496 |
| GNIS feature ID | 2407105[1] |
| ウェブサイト |
philcampbellal |
フィル・キャンベル (Phil Campbell) は、アメリカ合衆国アラバマ州フランクリン郡の町。人口は992人(2020年国勢調査)。
フィル・キャンベル町は、フランクリン郡南東部に位置する。町内を通過するアラバマ州道13号線 (Alabama State Route 13) は、北へ19km (12マイル) のラッセルビル(郡庁所在地)、南へ19km(12マイル)のヘイリービル(ウィンストン郡とマリオン郡にまたがる市)と結ばれている。
アメリカ合衆国国勢調査局によると、フィル・キャンベル町の総面積は10.6 km2(4.1平方マイル)で、うち0.04km2(0.02平方マイル。すなわち面積の0.37%)が水域である[3]。
歴史
1880年代、鉄道[注釈 1]建設工事にあたる作業班長兼技師のフィリップ・キャンベル(Phillip Campbell, イギリス出身)が、当地に作業キャンプを設立した。地元の著名な実業家メル・アレン (Mel Allen) はキャンベルに対し、この地域を通る鉄道に停車場を建設して側線を敷設すれば、アレンは町を建設し、その名をキャンベルにちなんで名付けることができると提案した。キャンベルは停車場と側線を建設し、アレンは約束を果たした。町は設立から15年後の1911年に法人化された[4]。
フィル・キャンベルは、アラバマ州で個人の姓名が付けられている2つの町のうちの1つである(もう1つはスーザン・ムーア)。
1974年4月3日の竜巻大発生 (1974 Super Outbreak) において、この町は藤田スケール (F) 2 の竜巻による被害を受けた。
1995年6月、ブルックリン在住の作家フィル・キャンベルは、この町で「フィル・キャンベル」という名前の人々を集めた催し(コンベンション)を開いた。22人のフィル・キャンベルと1人のフィリス・キャンベルが全米各地から集まった。フィル・キャンベルのコンベンションに関する記事は、作家デイヴ・エガーズが創刊したサンフランシスコを拠点とする雑誌『マイト』 (Might (magazine)) に掲載され、のちに『マイト』誌のアンソロジー Shiny Adidas Tracksuits and the Death of Camp に収録された。また、このコンベンションは『リプレーの世界奇談集』Ripley's Believe It or Not! でも取り上げられた。翌年には2回目の「フィル・キャンベル・デー」が開催されたが、参加者はそれほど多くなかった。フィル・キャンベルの町役場には、この役場を訪れたすべてのフィル・キャンベルの記録が保管されている[5]。
2011年の竜巻災害

2011年4月27日の竜巻大発生 (2011 Super Outbreak) の中で、この町は移動速度の速い巨大な竜巻に襲われて甚大な被害を受けた。竜巻の規模は改良藤田スケール(EF) 5 で、推定風速は時速約340kmであった。竜巻はこの町の中心部とその周辺の多くの建物に損害を与え、27人が犠牲となった[5]。
ブルックリンのフィル・キャンベルは、ちょうど2011年6月に「フィル・キャンベル」たちが集まるコンベンションを企画していた。竜巻の後、彼はコンベンション開催のための活動を救援活動へと転換した。彼は世界中の「フィル・キャンベル」たちや賛同者に結集を呼びかけ、 "I'm with Phil" (フィルとともに)というスローガンを掲げた。彼は、町の2つの地域の住宅の修復を支援するための寄付金を集めるウェブサイトを立ち上げ、高校と市役所の修復にも協力した。コンベンション参加者たちは地元コミュニティの復興を支援した[6]。町の住民であるアンドリュー・リード (Andrew Reed) は、「フィル・キャンベル」たちやその賛同者による救援活動を描いたドキュメンタリー映画 I'm With Phil を監督した。
人口動態
| 人口推移 | |||
|---|---|---|---|
| 年 | 人口 | %± | |
| 1920 | 418 | — | |
| 1930 | 472 | 12.9% | |
| 1940 | 533 | 12.9% | |
| 1950 | 469 | −12.0% | |
| 1960 | 898 | 91.5% | |
| 1970 | 1,230 | 37.0% | |
| 1980 | 1,549 | 25.9% | |
| 1990 | 1,317 | −15.0% | |
| 2000 | 1,091 | −17.2% | |
| 2010 | 1,148 | 5.2% | |
| 2020 | 992 | −13.6% | |
| U.S. Decennial Census[7] 2013 Estimate[8] | |||
2010年国勢調査
2010年の国勢調査[9]によれば、この町には1,148人、497世帯、325家族が居住している。人口密度は1平方マイルあたり280人(110人/km 2)である。住宅戸数は580戸で、平均密度は1平方マイルあたり141.4戸(54.6/km 2)である。この町の人種構成は、白人が95.2% 、アフリカ系アメリカ人が0.2% 、ネイティブアメリカンが0.4%、その他の人種が3.0% 、2つ以上の人種が混在する人種が1.2%である。人口の4.0%はヒスパニックまたはラテン系の人種であった。
世帯数は497世帯で、18歳未満の子供が同居している世帯は23.9%、夫婦同居世帯は46.3 %、単身世帯は14.5%、非家族世帯は34.6%であった。全世帯の30.2%は単身世帯であり、65歳以上の単身世帯は12.8%であった。平均世帯人員は2.31人、平均家族人員は2.88人であった。
町の人口は、18歳未満が21.9%、18歳から24歳が9.2%、25歳から44歳が22.4%、45歳から64歳が28.9%、65歳以上が17.6%であった。年齢の中央値は42.8歳。女性100人に対して男性は88.8人、18歳以上の女性100人に対して男性は89.4人であった。
町内の世帯収入の中央値は24,886ドル、家族収入の中央値は36,250ドル。男性の中央値は25,625ドル、女性は34,583ドル。町の一人当たり収入は14,174ドルであった。世帯の約23.3%と人口の25.7%が貧困線以下で、これには18歳未満の26.1%と65歳以上の10.5%が含まれる。
教育
フィル・キャンベル高校
フィル・キャンベルで最初の学校は1910年に建設された。フィル・キャンベル・メソジスト教会の裏に木造2階建ての校舎があったが、その後火災で焼失した。1915年に2代目校舎(木造)がアラバマ州道13号線沿い(現在のフィル・キャンベル高校の所在地)に建てられたが、1924年のクリスマスの日に火災で焼失した。その後2年間、授業は地元の教会、町の旧銀行、そして鉄道近くのアメリカ合衆国郵便局で行われた。
フィル・キャンベル高校(Phil Campbell High School)として認可された最初のクラスの卒業式は、1926年にフィル・キャンベル・メソジスト教会で執り行われた。卒業生は9名であった[10]。
1926年に3代目の校舎が完成し、本館(教室棟)と職業訓練棟があった。1954年に本館が火災で焼失したが、その後再建された。2011年の竜巻で校舎は被害を受けて解体された。2014年9月、再建された校舎での授業が再開された。
高校の男子バスケットボールチームは1947年、スコッツボロ (Scottsboro) を23対21で破り、州タイトル獲得した。この年は、アラバマ州の高校バスケットボールが単一カテゴリーで行われた最後の年であった[11]。また、高校の野球チームであるボブキャッツ (Bobcats) も、州タイトルを獲得したことがある。
ノースウエスト・ショールズ・コミュニティ・カレッジ
この町には、ノースウエスト・ショールズ・コミュニティ・カレッジ (Northwest–Shoals Community College) (略称:NWSCC)のキャンパスがある。
町の特徴

毎年夏、フィル・キャンベルでは「ダウンタウン・ホーダウン」 Downtown Hoedown(旧称:フィル・キャンベル・デー Phil Campbell Day)という祭りが行われる。この祭りでは、移動遊園地や自動車ショー、手工芸品の販売が行われ、夜には地元のバンドや歌手によるパフォーマンスが披露される。2010年からは5kmのロードレースと、1マイルのファンランが開催されている[注釈 2]。
毎年クリスマス前には、NWSCCの学生が「おもちゃの国の伝説」The Legend of Toyland を上演する。これは事前に録音されたナレーションに合わせて、生演奏で振り付けされたパフォーマンスである。周辺の郡の学校の生徒たちが招かれ、公演を鑑賞する。NWSCCの音楽監督であるラニー・マカリスター (Lanny McAlister) が、この作品の制作と指揮を手掛けている。
フィル・キャンベルにある私有の自然保護区ディズマルズ・キャニオン (Dismals Canyon) は、国立公園局によって国定自然ランドマーク (National Natural Landmark) に指定されている。ディズマルズ・キャニオンには、天然の池、さまざまなネイティブアメリカンの部族が利用してきた天然のシェルター、自然遊歩道、珍しい発光虫、岩石層などが見られる。