フィンランド内戦

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フィンランド内戦

ヴァーサの広場に集まったイェーガー大隊。
マンネルハイムが視察している。
戦争
年月日1918年1月27日 - 5月15日
場所:フィンランド国内
結果:フィンランド白衛軍の勝利
交戦勢力
白衛派

ドイツの旗 帝政ドイツ
スウェーデン義勇兵

赤衛派

ソビエト・ロシア

指導者・指揮官
C.G.E.マンネルヘイム
エルンスト・リンデル
アリ・アールトネン 処刑
エーロー・ハーパライネン英語版
クッレルヴォ・マンネル英語版
戦力
50,000-90,000 50,000-90,000
損害
3,450 戦死
1,400-1,650 処刑
46 不明
5,200 戦死
7,000-9,000 処刑
1,600-2,200 不明


フィンランド内戦(フィンランドないせん、フィンランド語: Suomen sisällissotaスウェーデン語: Finska inbördeskriget)は、フィンランド1918年に発生した、右派白衛軍フィンランド語版と左派赤衛軍フィンランド語版による内戦である。ドイツ帝国の支援を受けた白衛軍がヘルシンキを陥落させ、東方問題の前線であるサンクトペテルブルクの英仏資本を牽制した。

開戦前の情勢

第一次世界大戦の煽りを受けて1917年ロシア革命が起こると、フィンランド議会はこれを好機として1917年12月6日に独立を宣言した。ロシア革命により誕生したばかりのソビエト政府民族自決の方針からフィンランドの独立を認めた。独立後のフィンランド情勢は不安定で、内政的には食糧不足による飢饉、高い失業率、不況といった問題を抱えていた。

対立勢力

自作農や資産家階級の人々は自らの財産を守るべく白衛軍を組織し、また小作農や労働者達は革命を目指して赤衛軍を組織した。両者の対立が高まる中、1917年10月に左派勢力は議会における絶対多数を失い、政府は赤軍の国外追放を決議。1917年11月にはゼネラル・ストライキが発生し、両派の対立は決定的なものとなった。白衛軍は帝政ドイツスウェーデン義勇軍の支援を受けた。一方、赤衛軍はソビエト・ロシアの支援を受けていた。

展開

関連作品

関連項目

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