フェリックス・キール

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ベーズにあるキールの胸像

フェリックス・キールFélix Kir1876年1月22日 - 1968年4月25日)は、フランスの政治家。ブルゴーニュに移住したアルザス人家庭に生まれた。フランスの国会議員で、ディジョンの市長を務めた。また、カトリック司祭(フランス語でChanoine/シャノワヌ)でもあった。食通としても知られていた。

フェリックス・キールは、1945年よりディジョン市長であったことで有名であるが、それ以前からも名の知られた人物であった。彼は第二次世界大戦中、フランスがナチス・ドイツの占領下にあった時 [1]ナチス・ドイツに対抗するフランス・レジスタンスの反戦運動のリーダーであった [2] [3] [1]

第二次世界大戦後も、長らくディジョン市の市長を務めており、その後5選を果たしている。この市長在任中に、地元特産の辛口の白ワインと、同じく地元特産のクレーム・ド・カシス(カシス・リキュールの範疇に入るリキュールで、非常に糖分が多い酒)とを使ったカクテルを考案したことでも有名。彼は、ディジョン市公式歓迎会(レセプション)において食前酒として、必ずこの新しいカクテルを供すようになり、いつしかこの「ディジョン市公式カクテル」は市長の姓にちなみ「キール」と呼ばれるようになった。つまり、彼はカクテル名にもその名を残しているのである。彼は、92歳で亡くなる直前まで20年以上に渡り、ディジョン市長を務めたが、89歳で5回目の市長当選を果たした際に、自らよりも年下の75歳の市助役を「高齢である」ことを理由に、新助役候補から外すという形で退任させたことでも知られる [4] [5] [6] [7]

食通としてのキール

その他の逸話

出典

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