フェリックス=ジョゼフ・バリアス
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パリで生まれた。父親は陶磁器の絵付け画家で、弟に有名な彫刻家となったルイ=エルネスト・バリアス(Louis-Ernest Barrias: 1841–1905)がいる。父親から絵を学んだ後、パリ国立高等美術学校でレオン・コニエに学んだ。1840年には肖像画をパリのサロンに出展したが受理されなかった。歴史画や神話を題材にした絵画を描くようになり、若手芸術家の登竜門であるローマ賞に何度か挑戦した後、1844年にローマ賞を受賞し、1845年から1849年の間、奨学金を得て、在ローマ・フランス・アカデミーに留学した[1]。、
1847年にパリのサロンにローマで描いた作品が展示され3等のメダルを受賞し、1851年のサロンでは2等のメダルを受賞した[2] 。1855年のパリ万国博覧会にも出展し2等のメダルを受賞した[2]。パリのサントゥスタシュ教会やサントトリニテ教会、ルーヴル・サントノレ(Louvre Saint-Honoré) などの壁画も描いた[3]。1860年代にはウォルターズ美術館を創立するアメリカの美術収集家のウィリアム・トンプソン・ウォルターズの注文でウィリアム・アドルフ・ブグローやジャン=レオン・ジェローム、ジェームズ・ティソといった当時の有名な画家たちと、宗教本の挿絵を描いた。1862年のロンドン万国博覧会にも出展し、1868年にはロンドンの邸宅の天井画も描いた[4]。1889年のパリ万国博覧会で金メダルを受賞した。1897年にレジオンドヌール勲章(オフィシエ)を受勲した。
1853年に エドガー・ドガ (1834–1917)を指導し[5][6]、 ギュスターヴ・ギヨメ (1840–1884)も教えた,[7]。
1907年にパリで没した。