フェルナンド・バレエ
フランスの女性美術モデル、画家 (1893-1960)
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生涯
1893年、サン=ヴァレリー=シュル=ソンムに生まれる。1908年頃、まだ十代でパリに上京、売春婦として生計を立てる。その後、写真家ジャン・アジェロウ、画家アメデオ・モディリアーニとシャイム・スーティンの美術モデルとなる。
1917年3月、モンパルナスのラ・ロトンドで日本人画家の藤田嗣治と出会い[2]、13日後に結婚する[1]。1918年、二人はドイツの空襲を恐れて南仏のカーニュ=シュル=メールに移住。その地で数年、絵を描いたり多くの友人と会うなどして過ごす[1]。モディリアーニの妻ジャンヌ・エビュテルヌとはこの時期に親しくなった[3]。1920年、モディリアーニが結核で亡くなった時には、悲しみにくれるジャンヌを慰めるが、その甲斐なく、ジャンヌは妊娠8ヶ月の身で自殺してしまう。
1925年、夫婦は性的にとてもオープンな関係にあった。フェルナンドは夫と同じ日本人画家の小柳正(1897年 - 1948年)[4]と肉体関係を持つ。藤田はそれが許せず、「ユキ」ことリュシー・バドゥと3日間、姿をくらます。フェルナンドはそうとは知らず、パリの死体安置所まで夫を探しに行った。1928年、二人は離婚[5]。フェルナンドはモンパルナスで小柳と暮らした。1935年、小柳と別れると元夫の藤田との関係は改善され、以後、彼女が亡くなるまで藤田は財政的にフェルナンドを援助した。
有名なピンナップガール「ミス・フェルナンダ」の正体は、ヌード絵葉書で知られるジャン・アジェロウのモデルをしていたことなどから[6]フェルナンドではないかと言われるが、明確な証拠はない[7]。
映画の中のフェルナンド
藤田嗣治の伝記映画『FOUJITA』ではマリー・クレメールがフェルナンドを演じた。
ギャラリー
撮影はジャン・アジェロウ。
