フォード・コスワース・インディV8エンジン
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| フォード・コスワース・インディV8エンジン[1][2][3] | |
|---|---|
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| 概要 | |
| 製造会社 | フォード・コスワース |
| 生産 | 1975年-2007年[4] |
| レイアウト | |
| 構成 | 90° V8 |
| 排気量 | 2.65 L (162 cu in) |
| シリンダー内径 |
85.67 mm (3.373 in) 90 mm (3.5 in) 92 mm (3.6 in) |
| ピストン行程 |
57.3 mm (2.26 in) 52 mm (2.0 in) 49.8 mm (1.96 in) |
| 動弁装置 | 32バルブ, DOHC |
| 圧縮比 | 11.2:1 |
| 燃焼 | |
| ターボチャージャー | コスワース |
| 燃料系統 | 燃料噴射装置 |
| 燃料種別 | ガソリン/メタノール |
| オイル系統 | ドライサンプ |
| 出力 | |
| 出力 | 700–1,000 hp (522–746 kW)[5][6] |
| トルク | 340–361 lb⋅ft (461–489 N⋅m) |
| 寸法 | |
| 乾燥重量 | 120 kg (265 lb)[7] |
| 時系列 | |
| 前身 | フォード・インディアナポリスエンジン |
フォード・コスワース・インディV8エンジン(Ford-Cosworth Indy V8 engine)は、コスワースによって開発・設計された2.65 L (162 cu in) V型8気筒ターボチャージャー付きレシプロエンジン。1976年から2007年までUSACチャンピオンシップ・カー・シリーズ、CART/チャンプカー使用された[8][9][10]。
チーム・ロータスのエンジニアだったキース・ダックワースとコーリン・チャップマンがフォードの支援を受けて1967年よりロータス・49に搭載したフォード・コスワース・DFVエンジンを1976年にパーネリ・ジョーンズによってインディカー用エンジンとして開発され、1978年から1987年までインディアナポリス500で10連覇を果たし、1977年から1987年までUSAC/CARTマニュファクチュアラー部門で優勝、1981年から1986年までインディカーで81連勝を記録するなど、通算153勝を挙げた[11]。
DFX
コスワースは、1975年にインディカー用のエンジンプログラムとしてDFXを開発。排気量を2.65 Lへと縮小し、ターボチャージャーを追加したことによって、DFXはインディカーレースの標準エンジンとなり、オッフェンハウザーに代わって1980年代後半まで活躍した。
1976年に向け、ヴェルズ・パーネリ・ジョーンズ・レーシングがDFVの2.65 Lターボ仕様を開発し[12]、アル・アンサーのドライビングで1976年ポコノ500で初優勝を飾ると[12]、ウィスコンシンとフェニックスで2勝を挙げ、ランキング4位となった。
ポコノで初優勝を飾った直後、コスワースはパーネリから2人の主要エンジニアを引き抜き、トーランスを拠点とし、エンジンを自ら開発・販売を行い[12]、DFXとして名を知られるようになった。DFVがF1を席巻したのと同様にインディカー・レースを席巻し、1978年から1987年までインディ500を10連覇を果たすと、1977年から1987年までの間でUSACおよびCARTマニュファクチュアラー部門で11連覇、1981年から1986年にかけてインディカーで81連勝、通算153勝と成績を残し、DFSが登場するまで、DFXは840 bhp (630 kW) を超える出力を発揮していた。