フラッギング
From Wikipedia, the free encyclopedia
アメリカ軍では、ベトナム戦争が泥沼化した1970年前後になると、徴募兵の士気や規律は極端に低下し、不適切な指揮で危険に晒す、理不尽な命令を下す、または無能だと見なす、果ては単に気に入らないなどの理由から、所属部隊の将校や下士官を意図的に殺傷しようとする行為が頻発した[2]。銃器で殺傷した場合、被害者の体内に残った銃弾などから犯行が発覚する恐れがあったため、代わりに証拠が残りにくく、かつ殺傷力の高い破片手榴弾を用いるようになったことが名称の由来である。
1969年から1973年までの間に900件以上のフラッギングが発生、少なくとも600人が死亡したとされている。戦争後には徴兵制から志願制に変わり、フラッギングの発生件数こそ減少したが、イラク戦争においても、駐留する部隊などで将校が手榴弾や銃器、クレイモアで殺傷される事件が発生している[3]。
日本では、陸上自衛隊において1984年に訓練自衛官小銃乱射事件、2023年に日野基本射撃場発砲事件などの類似の事件が発生している[4]。
