フランク・ペーター・ツィンマーマン
From Wikipedia, the free encyclopedia
ヴァイオリニストの母親から手ほどきを受け5歳からヴァイオリンを始める。なお父親はチェリストであった。
1975年、10歳でモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番を弾いてデビュー。
1976年にエッセンのフォルクヴァング音楽院に入学、ヴァレリー・グラドフ (Valery Gradov) に師事する。同年には全国青少年音楽家コンクールで優勝して「天才少年出現」として評判になる。その後、ベルリン芸術大学でサシュコ・ガヴリーロフに師事する。
1980年からはヘルマン・クレバース(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団コンサートマスター)に師事する。1981年にはソビエトでデビュー、1984年にはロリン・マゼール指揮ピッツバーグ交響楽団の演奏会でアメリカデビューを果たすなど、10代から華々しい活動を行う。初来日は、1983年6月、若杉弘指揮ケルン放送交響楽団のソリストとしてだった。
2007年、ヴィオリストのアントワン・タメスティ、チェリストのクリスチャン・ポルテラと共に『トリオ・ツィンマーマン』を結成。室内楽活動も盛んに行っている。
バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンやブラームスなど独墺系の正統派のレパートリーで高名だが近現代作品にも造詣が深く ベルク、バルトーク、ショスタコーヴィチやマルティヌーのヴァイオリン協奏曲をレパートリーとしている。
また近年には2015年に、マグヌス・リンドベルイのヴァイオリン協奏曲第2番をヤープ・ヴァン・ズヴェーデン指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団と共に世界初演。マティアス・ピンチャーのヴァイオリン協奏曲《en sourdine》(2003、共演:ペーテル・エトヴェシュ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)、グロマイヤー賞2009を受賞したブレット・ディーンのヴァイオリン協奏曲《The Lost Art of Letter Writing》(2007、共演:ディーン指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団)、オーガスタ・リード・トーマスのヴァイオリン協奏曲第3番《Juggler in Paradise》世界初演者でもある。
これまで、シエナのキジアーナ音楽院賞(1990)、ライン文化勲章(1994)、デュースブルク市音楽賞(2002)、ドイツ連邦共和国功労勲章一等功労十字章(2008)、ハーナウ市パウル・ヒンデミット賞(2010)などを授与されている
妻はドイツのオーケストラのヴァイオリン奏者、息子セルゲ・ツィンマーマンもヴァイオリニストとして活動している。