フランシス・アレキサンダー
From Wikipedia, the free encyclopedia
コネチカット州、ウィンダム郡のキリングリー(Killingly)に生まれた。父親の農場で育ち、1820年から、ニューヨークのアレクサンダー・ロバートソンが運営する美術学校で学んだ[2]。1823年にボストンに移り、肖像画家として働いた。1831年から1832年の間はヨーロッパを旅し、ローマではアメリカ人風景画家のトマス・コール(1801-1841)と過ごし、フィレンツェで、マサチューセッツ州出身の裕福な女性と知り合い、1836年にボストンで結婚した。翌年、後にイラストレータとして知られることになる娘のフランチェスカ・アレクサンダー(Francesca Alexander: 1837–1917)が生まれた[3]。
1840年にニューヨークのナショナル・アカデミー・オブ・デザインの名誉会員に選ばれた。1842年のアメリカ旅行の途中にボストンを訪れた有名な作家、チャールズ・ディケンズの肖像画を描いたことでも知られている[2]。この作品は現在、ボストン美術館に収蔵されている。
1853年に家族とフィレンツェに住むようになり、1868年に一度アメリカに帰国した他はフィレンツェで過ごした。晩年は美術品の収集や画商として働いた。
1880年にフィレンツェで没した[2]。