フランシス・アーサー・サットン
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Francis Arthur Sutton | |
|---|---|
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Major General F. A. Sutton | |
| 生誕 |
1884年2月14日 |
| 死没 |
1944年10月22日(60歳没) |
| 教育 |
イートン・カレッジ ロンドン大学 |
| 職業 | 土木技師、冒険家 |
| 配偶者 | Carina Descou Chester Sutton |
フランシス・アーサー・サットン MC(英語: Major General Francis Arthur Sutton、1884年2月14日 – 1944年10月22日)は、イギリスの冒険家である。ガリポリの戦いで手榴弾によって片腕を失ったことから「隻腕のサットン(One Arm Sutton)」の異名で知られており、ガリポリでの戦功によりミリタリー・クロス(Military Cross)を授与された[1][2]。
イートン・カレッジ出身のサットンは、ロンドン大学で2年間工学を学んだ後、1906年以降はアルゼンチン、メキシコ、アメリカ合衆国で土木技師として働いた。
第一次世界大戦中、サットンは王立工兵隊に所属していた[3]。戦後はメキシコとアルゼンチンで鉄道建設に従事し、またシベリアと朝鮮で金の採掘にも携わった。
サットンは中国へ渡り、ストークス・モーターの製造権を購入して各地の軍閥に提供した[4]。彼は張作霖の下で少将の地位に就き、奉天では、世界一周ドライブの途中で戦争地帯を通過していたアロハ・ベイカー一行を歓待した[5]。