フランシス・エジャートン (第8代ブリッジウォーター伯爵)
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第3代ブリッジウォーター伯爵、ジョン・エジャートンが曽祖父にあたる。祖父はヘレフォードの司教、父親はダラムの司教であった[2]。1803年に第3代ブリッジウォーター公爵(第6代ブリッジウォータ伯爵)のフランシス・エジャートンは子供がないまま死去。ブリッジウォーター公爵位は廃絶したが、ブリッジウォーター伯爵位は血統的に傍流にあたる兄ジョン・エジャートンが継承した(第7代ブリッジウォーター伯爵)。兄にも子供がいなかったので、1823年に爵位と資産を引き継ぎ、第8代ブリッジウォーター伯爵となった[3]。母方の祖父は初代ケント公、ヘンリー・グレイである。
略歴
ロンドンで生まれた。パブリック・スクールのイートン・カレッジを卒業した後、オックスフォード大学のクライスト・チャーチで学んだ。オール・ソウルズ・カレッジのフェローとなり、1781年に王立協会のフェローとなった。1791年にはロンドン考古協会のフェローとなった。
学問の分野では1812年に、伯爵家の屋敷のある地域の地下水路に関する論文、"Description du Plan Incliné Souterrain"を発表した。大英博物館にフランスやイタリアの文芸に関する古文書を寄付し、さらに大英博物館に、文献を購入する資金を提供した。王立協会に基金を遺し、"創造の中に示される、神の力と知恵と善良さ"に関する論文集を出版するように遺言し、8人の科学者が論文を執筆し出版された。後半生はパリで暮らし、パリで没した。結婚せず、ブリッジウォーター伯爵家は途絶えた。
