フランシス・ゴドルフィン (第2代ゴドルフィン男爵)

From Wikipedia, the free encyclopedia

第2代ゴドルフィン男爵フランシス・ゴドルフィン英語: Francis Godolphin, 2nd Baron Godolphin1706年11月2日(洗礼日) – 1785年5月25日)は、グレートブリテン王国の貴族、政治家。

ヘンリー・ゴドルフィン英語版とメアリー・ゴドルフィン(シドニー・ゴドルフィン大佐英語版の娘)の息子として生まれた[1]。1718年から1721年までイートン・カレッジで教育を受けた後[1]、1723年7月12日にオックスフォード大学クイーンズ・カレッジ英語版に入学、1733年7月11日にD.C.L.英語版の学位を修得した[2]

1741年イギリス総選挙ヘルストン選挙区英語版から出馬して庶民院議員に当選、ロバート・ウォルポールの失脚(1742年2月)以降は常に与党を支持したが[3]、庶民院で演説した記録はなかった[4]。また、1739年から1766年までシリー諸島副総督を、1766年から1785年までシリー諸島総督を務めた[3]

1735年に親族の第2代ゴドルフィン伯爵フランシス・ゴドルフィンゴドルフィン男爵に叙されたとき、男爵位の特別残余権を得て、1766年1月17日に第2代ゴドルフィン伯爵が死去するとゴドルフィン男爵の爵位を継承した[1]。このとき、第2代ゴドルフィン伯爵の財産も継承した。

1785年5月25日に死去、後継者がなかったため爵位は断絶した[1]。死去時点の遺産は100万ポンドに上るという[1]

家族

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI