フリオ・セサール・チャベス
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フリオ・セサール・チャベス(Julio César Chávez、1962年7月12日 - )は、メキシコの男性プロボクサー。ソノラ州シウダ・オブレゴン出身。元WBC世界スーパーフェザー級王者。元WBA・WBC世界ライト級統一王者。元WBC・IBF世界スーパーライト級統一王者。1984年から1989年にかけて世界3階級制覇を果たした。全盛期には、類い希なるタフネスとスタミナを武器に完璧な強さを誇り、最多世界戦出場数37、1試合に於ける観客動員数13万人[1]、歴代3位となる89連勝[2]、デビュー戦以来90戦無敗(1引き分けを含む)などボクシング史における数々の記録を打ちたてた。メキシカンから絶大な人気を集めたラテンアメリカのボクシング界を代表するスターボクサーで、1990年代前半、マイク・タイソン低迷後のボクシング・シーンを支えた。
El César del Boxeo(ボクシング界のシーザー)
El Gran Campeón Mexicano(メキシコの偉大な王者)
Mr. KO(KO男)
二人の息子、フリオ・セサール・チャベス・ジュニア、オマール・チャベスもプロボクサー。
来歴
1980年2月15日、プロデビュー(6回KO勝ち)。
43戦全勝の戦績を引っ提げ、1984年9月13日、世界初挑戦。空位のWBC世界ジュニアライト級(現・スーパーフェザー級)王座を同国人のマリオ・マルチネスと争い、8回TKO勝ち。王座奪取に成功した。その後、9度の防衛に成功し、1987年9月に王座返上。
1987年11月21日、WBA世界ライト級王者エドウィン・ロサリオ(プエルトリコ)に挑戦。11回TKO勝ちを収め、2階級制覇達成。
1988年10月29日、2度目の防衛戦で同国人のWBC王者ホセ・ルイス・ラミレスと統一戦を行い、11回負傷判定勝ち。WBA王座防衛に成功すると同時にWBC王座も獲得した。
1989年5月13日、2団体の世界ライト級王座を保持したままWBC世界ジュニアウェルター級(現・スーパーライト級)王者ロジャー・メイウェザー(米国)に挑戦し、10回TKO勝ち。3階級制覇を達成する。その後、2団体の世界ライト級王座は返上。
1990年3月17日、3度目の防衛戦はIBF世界王者メルドリック・テーラー(米国)との統一戦。IBF王者の技巧の前に終始劣勢。ポイントで大きくリードを許した状態で最終・12回を迎える。KO以外に勝利のすべをなくしたWBC王者は捨て身の猛攻を展開。そして、終了20秒前を切ったところでIBF王者からダウンを奪う。辛くも立ち上がったIBF王者だったが、ここでレフェリーストップがかかりWBC王者のTKO勝ち。KOタイムは2分58秒。あと2秒でチャベスは世界王座陥落と同時に69戦目にしてプロ初黒星を喫してしまうところにまで迫っていた[3]。その後、2度の防衛に成功し、1991年4月にIBF王座を返上。
1993年2月20日、10度目の防衛戦でグレグ・ホーゲンと対戦し、5回TKO勝ちで王座を防衛した。メキシコシティのアステカ・スタジアムで開催されたこの試合は観客動員13万人を記録した[1]。
防衛回数を11まで伸ばした1993年9月10日、WBC世界ウェルター級王者パーネル・ウィテカー(米国)とウェルター級の規定体重を2ポンド下回る145ポンドのキャッチウェイトで対戦。フルラウンドの激闘の末、引き分け。4階級制覇はならなかったが、無敗はキープ。その後、12月18日にはWBC世界ジュニアウェルター級王座12度目の防衛に成功。
1994年1月29日、13度目の防衛戦でフランキー・ランドール(米国)と対戦。プロデビュー以来初のダウンを奪われた末の12回判定負け。世界王座から陥落すると同時に、91戦目にしてプロ初黒星を喫した。
1994年5月7日、雪辱・王座返り咲きを懸け、ランドールと再戦。ここでも苦戦を強いられたが、8回、偶然のバッティングで試合続行不能となり、負傷判定勝ち。不本意な形ではあったが、4か月前の雪辱を果たすと同時に世界王座返り咲きを果たした。
1996年6月7日、4度目の防衛戦でオスカー・デ・ラ・ホーヤ(米国)と対戦し、4回TKO負け。2度目の世界王座陥落となり、同時に自身初のKO負けを喫してしまう。
1998年3月7日、同国人のミゲル・アンヘル・ゴンザレスと空位のWBC世界ジュニアウェルター級王座を争うが、12回判定で引き分けとなり、王座返り咲きならず。
1998年9月18日、4階級制覇を懸け、WBC世界ウェルター級王者となったデ・ラ・ホーヤと再戦したが、8回終了TKOで雪辱ならず。
1999年10月2日、ウィリー・ワイズと対戦し、10回判定負け。
2000年7月29日、38歳でコンスタンチン・チューの持つジュニア・ウェルター級のタイトルに挑戦するも、6ラウンドTKO負け。
2001年11月24日、メキシコでテリー・トーマスにTKO勝ちを収めると現役引退を発表した。
2003年11月24日、引退を撤回してウィリー・ワイズと対戦し、TKO勝ちで雪辱を果たした。
2004年5月22日、引退試合としてフランキー・ランドールと3度目の対戦を行い、TKO勝ち。
2005年5月28日、再び引退を撤回してイヴァン・ロビンソンと対戦し、判定勝ち。
2005年9月17日、グローヴァー・ワイリーに敗れたのを最後に正式に引退した。
2014年12月18日、約9年ぶりにエキシビションで復帰し、ビセンテ・サグレスタノと対戦した。
2015年7月3日、チャベスが自身の財産を寄付して設立した薬物リハビリ施設へのチャリティとしてマリオ・マルティネスとチャリティエキシビションで対戦した[4]。
2019年11月22日、ホルヘ・アルセとエキシビションで対戦。アルセとはその後2020年2月28日、同年9月25日にもエキシビションで対戦した。
人物
- 現役時代の後半は、ドラッグ依存とアルコール依存に苦しんだ。1992年9月12日にヘクター・カマチョに勝利した晩の祝勝パーティーでは、ホアキン・グスマン、イスマエル・サンバダ・ガルシア、ヘクター・ルイス・パルマ・サラサール、アマド・カリージョ・フエンテス、アレジャノ・フェリックス兄弟らの錚々たる麻薬密売組織のボスたちが出席していたが、チャベスはカマチョとの試合の話ばかり聞かれることに嫌気が差し、麻薬密売組織のボスたちにコカインを要求するが、誰も持っていないことを知ると腹を立て「地獄へ堕ちろ」と言い放ち、密売組織のボスの指示で手下が用意したコカインを初めて使用した。しかし、以降コカイン依存になってしまい、コカインの過剰摂取で吐血して何度も病院に運ばれたが、運ばれた病院のベッドでもコカインを使用するなど、ボクシングと私生活に悪影響を及ぼすようになった。連勝記録が90連勝で止まった1994年1月29日のフランキー・ランドールとの試合では試合の3日前までコカインを使用していた[5]。その後もコカインをやめられず1996年と1998年に2度対戦したオスカー・デ・ラ・ホーヤとの試合でも多量のコカインを使用していたと語っている[6]。
- 残念なことに息子2人もドラッグ依存となってしまうが、その事についてチャベスは、自身が薬物中毒だった姿を息子たちは見ていたのに同じ道をたどってしまったこと、また自身も強制入院でつらい経験をしたことがあるのにもかかわらず息子を強制入院させなければいけなかったことに複雑な心境を語っている[7]。
- 引退後はメキシコのテレビ局テレビシオン・アステカで解説者を務めている。
- 2017年6月25日に弟のラファエル・チャベス・ゴンザレスがクリアカンの自宅で強盗に殺害された[8]。
戦績
- プロボクシング:115戦 107勝 (85KO) 6敗 2分
| 戦 | 日付 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 対戦相手 | 国籍 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1980年2月5日 | ☆ | 6R | KO | アンドレス・フェリックス | プロデビュー戦 | |
| 2 | 1980年3月3日 | ☆ | 6R | 判定 | フィデンシオ・セブレロス | ||
| 3 | 1980年4月8日 | ☆ | 3R | KO | ラモン・フローレス | ||
| 4 | 1980年5月20日 | ☆ | 6R | TKO | ロベルト・ガルシア | ||
| 5 | 1980年7月18日 | ☆ | 6R | 判定 | ティト・ヘラルド | ||
| 6 | 1980年9月5日 | ☆ | 10R | 判定 | ミゲル・セブレロ | ||
| 7 | 1980年9月22日 | ☆ | 10R | 判定 | ヘスス・クアテ・ララ | ||
| 8 | 1980年10月13日 | ☆ | 1R | KO | ヘスス・マルティネス | ||
| 9 | 1980年11月26日 | ☆ | 2R | KO | アンドレス・フェリックス | ||
| 10 | 1980年12月15日 | ☆ | 3R | KO | ロベルト・フローレス | ||
| 11 | 1981年2月2日 | ☆ | 4R | KO | フリオ・ガシオラ | ||
| 12 | 1981年3月4日 | ☆ | 1R | KO | ミゲル・ルイス | ||
| 13 | 1981年5月8日 | ☆ | 2R | KO | エドゥアルド・ラロ・アコスタ | ||
| 14 | 1981年6月5日 | ☆ | 1R | KO | ビクトル・ガメス | ||
| 15 | 1981年6月26日 | ☆ | 1R | KO | フィデル・ナバーロ | ||
| 16 | 1981年7月10日 | ☆ | 3R | KO | ボビー・フェルナンデス | ||
| 17 | 1981年7月27日 | ☆ | 1R | KO | ダニエル・マルティネス | ||
| 18 | 1981年8月7日 | ☆ | 2R | KO | ヘスス・クアテ・ララ | ||
| 19 | 1981年8月31日 | ☆ | 3R | KO | ダニエル・フェリサルド | ||
| 20 | 1981年9月25日 | ☆ | 2R | KO | ホルヘ・ラミレス | ||
| 21 | 1981年10月19日 | ☆ | 6R | KO | ホセ・アンヘル・メディナ | ||
| 22 | 1981年12月17日 | ☆ | 7R | KO | マヌエル・バスケス | ||
| 23 | 1982年1月12日 | ☆ | 1R | KO | ラモン・ルケ | ||
| 24 | 1982年1月29日 | ☆ | 2R | KO | ヘスス・ガルシア | ||
| 25 | 1982年2月4日 | ☆ | 1R | KO | ラモン・ペラサ | ||
| 26 | 1982年2月19日 | ☆ | 2R | KO | カルロス・ブライアント | ||
| 27 | 1982年3月11日 | ☆ | 3R | KO | ジョニー・ジェンセン | ||
| 28 | 1982年4月26日 | ☆ | 10R | 判定 | ベニー・アバルカ | ||
| 29 | 1982年5月8日 | ☆ | 3R | KO | フアン・カルロス・アルバラード | ||
| 30 | 1982年7月19日 | ☆ | 2R | KO | グスタボ・サルガド | ||
| 31 | 1982年8月20日 | ☆ | 8R | KO | サントス・ロドリゲス | ||
| 32 | 1982年9月28日 | ☆ | 6R | KO | ホセ・レセンデス | ||
| 33 | 1982年10月23日 | ☆ | 5R | KO | ジェリー・ルイス | ||
| 34 | 1982年12月11日 | ☆ | 6R | KO | ジェリー・ルイス | ||
| 35 | 1983年2月25日 | ☆ | 4R | KO | オトニエル・ロペス | ||
| 36 | 1983年4月4日 | ☆ | 2R | KO | エルネスト・エレーラ | ||
| 37 | 1983年5月1日 | ☆ | 4R | KO | ハビエル・フラゴソ | ||
| 38 | 1983年6月15日 | ☆ | 2R | KO | ロメロ・サンドバル | ||
| 39 | 1983年7月16日 | ☆ | 5R | KO | ベンハミン・アバルカ | ||
| 40 | 1983年9月1日 | ☆ | 10R | 判定 | アドリアノ・アレオラ | ||
| 41 | 1983年12月30日 | ☆ | 3R | KO | アルマンド・フローレス | ||
| 42 | 1984年5月4日 | ☆ | 6R | KO | ラモン・アビティア | ||
| 43 | 1984年6月13日 | ☆ | 3R | KO | デルフィノ・メンドーサ | ||
| 44 | 1984年9月13日 | ☆ | 8R | TKO | マリオ・マルティネス | WBC世界Jライト級王座獲得 | |
| 45 | 1985年1月1日 | ☆ | 3R | TKO | マヌエル・エルナンデス | ||
| 46 | 1985年4月19日 | ☆ | 6R | TKO | ルーベン・カスティーリョ | WBC世界Jライト級王座防衛① | |
| 47 | 1985年7月7日 | ☆ | 2R | TKO | ロジャー・メイウェザー | WBC世界Jライト級王座防衛② | |
| 48 | 1985年9月21日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ドワイト・プラチェット | WBC世界Jライト級王座防衛③ | |
| 49 | 1985年12月19日 | ☆ | 5R | 負傷判定 | ジェフ・バンパス | ||
| 50 | 1986年3月22日 | ☆ | 2R | KO | ロベルト・コリンズ・リンド | ||
| 51 | 1986年5月15日 | ☆ | 5R | TKO | ファウスティノ・マルティレス・バリオス | WBC世界Jライト級王座防衛④ | |
| 52 | 1986年6月13日 | ☆ | 7R | TKO | レフヒオ・ロハス | WBC世界Jライト級王座防衛⑤ | |
| 53 | 1986年8月3日 | ☆ | 12R | 判定2-1 | ロッキー・ロックリッジ | WBC世界Jライト級王座防衛⑥ | |
| 54 | 1986年12月12日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | フアン・ラポルテ | WBC世界Jライト級王座防衛⑦ | |
| 55 | 1987年4月18日 | ☆ | 3R | TKO | フランシスコ・トマス・ダ・クルス | WBC世界Jライト級王座防衛⑧ | |
| 56 | 1987年8月21日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ダニロ・カブレラ | WBC世界Jライト級王座防衛⑨ | |
| 57 | 1987年11月21日 | ☆ | 11R | TKO | エドウィン・ロサリオ | WBA世界ライト級王座獲得 | |
| 58 | 1988年3月5日 | ☆ | 3R | TKO | ニッキー・ペレス | ||
| 59 | 1988年4月16日 | ☆ | 6R | TKO | ロドルフォ・アギラール | WBA世界ライト級王座防衛① | |
| 60 | 1988年6月4日 | ☆ | 7R | TKO | ラファエル・リモン | ||
| 61 | 1988年8月1日 | ☆ | 3R | TKO | バーノン・ブキャナン | ||
| 62 | 1988年10月29日 | ☆ | 11R | 負傷判定 | ホセ・ルイス・ラミレス | WBC世界ライト級王座獲得・The Ring誌同王座獲得 | |
| 63 | 1989年5月13日 | ☆ | 10R | TKO | ロジャー・メイウェザー | WBC世界Jウェルター級王座獲得 | |
| 64 | 1989年7月30日 | ☆ | 3R | TKO | ケニー・バイス | ||
| 65 | 1989年10月9日 | ☆ | 1R | KO | ロドルフォ・バッタ | ||
| 66 | 1989年10月27日 | ☆ | 3R | KO | ラモン・アランブル | ||
| 67 | 1989年11月18日 | ☆ | 10R | TKO | サミー・フエンテス | WBC世界Jウェルター級王座防衛① | |
| 68 | 1989年12月16日 | ☆ | 3R | TKO | アルベルト・デ・ラス・メルセデス・コルテス | WBC世界Jウェルター級王座防衛② | |
| 69 | 1990年3月17日 | ☆ | 12R | TKO | メルドリック・テーラー | WBC世界Jウェルター級王座防衛③・IBF同王座獲得 | |
| 70 | 1990年7月5日 | ☆ | 2R | KO | アクウェイ・アド | ||
| 71 | 1990年8月18日 | ☆ | 3R | KO | ラッセル・モーズリー | ||
| 72 | 1990年11月8日 | ☆ | 4R | TKO | ハイメ・バルボア | ||
| 73 | 1990年12月8日 | ☆ | 3R | TKO | 安京徳(アン・キョンドク) | WBC世界Jウェルター級王座防衛④・IBF同王座防衛① | |
| 74 | 1991年3月18日 | ☆ | 4R | TKO | ジョン・デュプレッシ | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑤・IBF同王座防衛② ※IBF王座はその後返上 | |
| 75 | 1991年4月26日 | ☆ | 4R | KO | トミー・スモール | ||
| 76 | 1991年9月14日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ロニー・スミス | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑥ | |
| 77 | 1991年11月12日 | ☆ | 4R | KO | ホルヘ・アルベルト・メリアン | ||
| 78 | 1991年12月13日 | ☆ | 7R | TKO | イグナシオ・ペルドモ | ||
| 79 | 1992年3月13日 | ☆ | 4R | KO | フアン・ソベラネス・ラモス | ||
| 80 | 1992年4月10日 | ☆ | 5R | TKO | アンヘル・エルナンデス | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑦ | |
| 81 | 1992年8月1日 | ☆ | 4R | TKO | フランキー・ミッチェル | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑧ | |
| 82 | 1992年9月12日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ヘクター・カマチョ | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑨ | |
| 83 | 1992年10月31日 | ☆ | 3R | KO | ブルース・ピアソン | ||
| 84 | 1992年12月13日 | ☆ | 6R | TKO | マーティ・ヤクボウスキー | ||
| 85 | 1993年2月20日 | ☆ | 5R | TKO | グレッグ・ホーゲン | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑩ | |
| 86 | 1993年4月10日 | ☆ | 3R | KO | シルビオ・ワルテル・ロハス | ||
| 87 | 1993年5月8日 | ☆ | 6R | TKO | テレンス・アリー | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑪ | |
| 88 | 1993年9月10日 | △ | 12R | 引分 | パーネル・ウィテカー | WBC世界ウェルター級王座挑戦 | |
| 89 | 1993年10月30日 | ☆ | 4R | TKO | マイク・パウエル | ||
| 90 | 1993年12月18日 | ☆ | 5R | TKO | アンディ・ホリガン | WBC世界Jウェルター級王座防衛⑫ | |
| 91 | 1994年1月29日 | ★ | 12R | 判定1-2 | フランキー・ランドール | WBC世界Jウェルター級王座陥落 | |
| 92 | 1994年5月7日 | ☆ | 8R | 負傷判定 | フランキー・ランドール | WBC世界Jウェルター級王座獲得 | |
| 93 | 1994年9月17日 | ☆ | 8R | TKO | メルドリック・テーラー | WBC世界Jウェルター級王座防衛① | |
| 94 | 1994年12月10日 | ☆ | 10R | TKO | トニー・ロペス | WBC世界Jウェルター級王座防衛② | |
| 95 | 1995年4月8日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | ジョバンニ・パリージ | WBC世界Jウェルター級王座防衛③ | |
| 96 | 1995年7月29日 | ☆ | 1R | KO | クレイグ・ホーク | ||
| 97 | 1995年9月16日 | ☆ | 12R | 判定3-0 | デビッド・カマウ | WBC世界Jウェルター級王座防衛④ | |
| 98 | 1996年2月9日 | ☆ | 2R | TKO | スコット・ウォーカー | ||
| 99 | 1996年6月7日 | ★ | 4R | TKO | オスカー・デ・ラ・ホーヤ | WBC世界Jウェルター級王座陥落 | |
| 100 | 1996年10月12日 | ☆ | 8R | TKO | ジョーイ・ガマチェ | ||
| 101 | 1997年3月29日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | トニー・マーティン | ||
| 102 | 1997年6月28日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | ラリー・ラコーシエ | ||
| 103 | 1998年3月7日 | △ | 12R | 引分 | ミゲル・アンヘル・ゴンザレス | WBC世界Jウェルター級王座決定戦 | |
| 104 | 1998年6月25日 | ☆ | 3R | TKO | ケン・シグラーニ | ||
| 105 | 1998年9月18日 | ★ | 8R | TKO | オスカー・デ・ラ・ホーヤ | WBC世界ウェルター級王座挑戦 | |
| 106 | 1999年4月1日 | ☆ | 4R | TKO | バーデル・スミス | ||
| 107 | 1999年7月10日 | ☆ | 4R | TKO | マーティ・ヤクボウスキー | ||
| 108 | 1999年10月2日 | ★ | 10R | 判定0-3 | ウィリー・ワイズ | ||
| 109 | 1999年12月18日 | ☆ | 3R | TKO | バック・スミス | ||
| 110 | 2000年7月29日 | ★ | 6R | TKO | コンスタンチン・チュー | WBC世界Jウェルター級王座挑戦 | |
| 111 | 2001年11月24日 | ☆ | 2R | TKO | テリー・トーマス | ||
| 112 | 2003年11月22日 | ☆ | 2R | TKO | ウィリー・ワイズ | ||
| 113 | 2004年5月22日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | フランキー・ランドール | ||
| 114 | 2005年5月28日 | ☆ | 10R | 判定3-0 | アイバン・ロビンソン | ||
| 115 | 2005年9月17日 | ★ | 5R | TKO | グローバー・ワイリー | ||
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