フレディ・マヨラ
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| 選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||
| ラテン文字 | Freddy Mayola | ||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 |
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| 競技 | 陸上競技 (短距離走) | ||||||||||||||||||||||||||
| 種目 | 60m, 100m | ||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1977年11月1日(47歳) | ||||||||||||||||||||||||||
| 生誕地 |
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| 身長 | 176cm | ||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 74kg | ||||||||||||||||||||||||||
| 成績 | |||||||||||||||||||||||||||
| オリンピック |
100m 2次予選2組6着 (2000年) 4x100mR 3位 (2000年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 世界選手権 | 100m 準決勝棄権 (1999年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 地域大会決勝 |
パンアメリカン競技大会 100m 2位 (1999年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 自己ベスト | |||||||||||||||||||||||||||
| 50m |
5秒61 (2000年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 60m |
6秒49 (2000年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 100m |
10秒10 (1999年) 9秒98w (2002年) | ||||||||||||||||||||||||||
| 200m | 20秒99 (2004年) | ||||||||||||||||||||||||||
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| 編集 | |||||||||||||||||||||||||||
フレディ・サンティアゴ・マヨラ・フェルナンデス(Freddy Santiago Mayola Fernández、1977年11月1日 ‐ )は、キューバ・ハバナ出身で短距離走を専門にしている陸上競技選手。2000年シドニーオリンピック男子4×100mリレーの銅メダリストである。室内50mの中央アメリカ・カリブ記録保持者、室内60mの元中央アメリカ・カリブ記録保持者。
1999年7月、ウィニペグで開催されたパンアメリカン競技大会の男子100m決勝で自己ベストとなる10秒10(+0.4)をマークし、バーナード・ウィリアムズ(10秒08)に次いで銀メダルを獲得した。
1999年8月、セビリアで開催された世界選手権の男子100m2次予選を自己ベスト(10秒10)に迫る10秒15(-0.4)で突破し、世界大会初出場ながらセミファイナリストとなった(準決勝は棄権)[1]。
2000年2月16日、マドリードで行われた大会の男子60mで6秒49の中央アメリカ・カリブタイ記録(当時)およびキューバ記録を樹立した[注 1][2]。また、この時の50m途中計時は5秒61で、これは中央アメリカ・カリブタイ記録およびキューバ記録となっている[注 2][3]。
2000年9月、シドニーで開催されたオリンピックに出場すると、男子100mは10秒35(+0.3)の組6着で2次予選敗退に終わった。男子4×100mリレーでは予選・準決勝・決勝の全てのレースでアンカー(Ángel César、Luis Alberto Pérez-Rionda、イバン・ガルシア、マヨラ)を務めると、決勝ではキューバ記録(38秒00)に迫る38秒04をマークし、アメリカ(37秒61)、ブラジル(37秒90)に次ぐ銅メダル獲得に貢献した[4]。
2001年3月、リスボンで開催された世界室内選手権の男子60m準決勝で6秒60をマークして組4着に入り、着順ではなくタイムで拾われての形ながら準決勝を突破し、世界大会の個人種目で初のファイナリストとなった。迎えた決勝では今大会で一番良いタイムの6秒55をマークするも4位に終わり、3位とは0秒04差でメダルを逃した[5]。
2002年7月12日、ヘタフェで行われた大会の男子100mで追い風参考記録ながら9秒98(+2.9)をマークした。追い風参考記録でなければ、1977年にシルビオ・レオナルドが9秒98をマークして以来、キューバ史上2人目となる電動計時による9秒台の選手だった。