フローレンス・ハート
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生年生地不詳[1]。
1913年(大正2年)に、ニューヨークのブロードウェイにあるカジノ劇場で、カール・ミレッカーのオペレッタ『乞食学生行進曲』(The Beggar Student, 原題 Der Bettelstudent)の舞台にコーラスの1人として立った記録がある[2]。
1920年(大正9年)、ユニヴァーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)が製作・配給、ノーマン・ドーンが監督、青木鶴子が主演したサイレント映画『東京の妖婦』に脇役として出演、同年6月に同作が公開されたのが、もっとも古い映画への出演記録である[1]。同月26日、同年に前妻と離婚したばかりのスター俳優ケネス・ハーランと結婚する[1]。夫ハーランは前年11月1日に公開されたジョージ・シーグマン監督の『戦慄』(別題『恐怖の瞬間』)を最後に、ユニヴァーサルを退社している[3]が、フローレンスが出演した『東京の妖婦』は、『戦慄』の脚本家ドリス・シュローダーの作品である[4]。同年8月、フェイマス・プレイヤー=ラスキーで脇役として出演した、ウィリアム・C・デミル監督、トーマス・ミーアン主演の『愛と芸術』が公開される[1]。
1921年(大正10年)、ヴァイタグラフ・カンパニー・オヴ・アメリカ(ヴァイタグラフ・スタジオ)で脇役として出演した、ジョージ・ランドルフ・ チェスター監督、ウィルフリッド・ノース主演の『二代成金』、ならびにアール・ウィリアムスが自らのアール・ウィリアムス・プロダクションズで製作して主演、ヴァイタグラフが配給したデイヴィッド・スミス監督の It Can Be Done 、この2作以降の出演記録は見当たらない[1]。
1922年(大正11年)、夫ハーランと離婚する[1]。ハーランは同年、スチュアート・ペイトン監督の『命懸けの大競争』、ウィリアム・A・サイター監督の『女は曲者』で、女優のマリー・プレヴォーと共演、2年後にはプレヴォーと結婚している[3]。
フィルモグラフィ
すべて出演作である[1]。
- 『東京の妖婦』 A Tokyo Siren : 監督ノーマン・ドーン、主演青木鶴子、1920年 - 出演・役 Amelia Niblock
- 『愛と芸術』 The Prince Chap : 監督ウィリアム・C・デミル、主演トーマス・ミーアン、1920年 - 出演・役 Claudia's Mother
- 『二代成金』 The Son of Wallingford : 監督ジョージ・ランドルフ・ チェスター、主演ウィルフリッド・ノース、1921年 - 出演・役 Mrs. Fannie Wallingford
- It Can Be Done : 監督デイヴィッド・スミス、主演アール・ウィリアムス、1921年 - 出演・役 Mrs. Standish