フンド・ヂ・キンタル

From Wikipedia, the free encyclopedia

原語名 Fundo de Quintal
ジャンル サンバ、パゴーヂ
活動期間 1978年-
フンド・ヂ・キンタル
2015年のグループの写真。
基本情報
原語名 Fundo de Quintal
出身地 ブラジルの旗 ブラジルリオデジャネイロ州リオデジャネイロ
ジャンル サンバ、パゴーヂ
活動期間 1978年-
テンプレートを表示

フンド・ヂ・キンタル(Fundo de Quintal)はブラジル出身の音楽グループ、バンド。ジャンルはサンバ、パゴーヂ(日常で歌われる小規模なサンバ)で同ジャンルの歴史においても特に重要なバンドである。1970年代末、リオデジャネイロで結成された。ジャンルはサンバパゴーヂ(日常で歌われる小規模なサンバ)。フンドジキンタルフンド・デ・キンタルとも表記される。

1970年代にリオデジャネイロブロコ・カルナヴァレスコであるカシキ・ヂ・ハモスポルトガル語版で結成された。結成時のメンバー及び担当楽器はアルミール・ギネート(カヴァキーニョ/バンジョー)、ビラ・プレジデンテ(パンデイロ)、ウビラニー(ヘピーキ・ヂ・マォン)、ジョルジ・アラゴン(ギター)、ソンブリーニョ(ギター/カヴァキーニョ)、セレーノ、ニオシ(共にタンタン)である[1]

当時すでに人気歌手であり、サンビスタでもあったベッチ・カルヴァーリョのショーに曲が使われ、またバックバンドとして度々出演するなど彼女の後押しを受け、1980年にファーストアルバムである”Samba é No Fundo de Quintal”がリリースされる。1980年代には結成メンバーであるアルミール・ギネートとジョルジ・アラゴンが脱退しソロ活動にシフトし、またニオシは若くして亡くなってしまう[2]。彼らと入れ替わる形でアルリンド・クルス(カヴァキーニョ/バンジョー)とクレベル・アウグスト(ギター)が加入し、1983年から1990年まではメンバーを変えず7枚のスタジオアルバムを制作する。1992年、アルリンド・クルスが脱退[3]

2015年、第16回ラテン・グラミー賞において同バンドのアルバム、”Só Felicidade”がサンバ/パゴーヂ・アルバム部門にノミネートされる。

2018年、同バンド及びその楽曲がサンパウロエスコーラ・ヂ・サンバMancha Verdeポルトガル語版カーニヴァルのパレードにおけるテーマとなった[4]

2020年12月、結成以来のメンバーであったウビラニーが新型コロナウイルスの為に死去[5]

2025年6月14日、結成メンバーでありリーダーでもあったビラ・プレジデンテが死去[6]

メンバー

ディスコグラフィー

脚注

Related Articles

Wikiwand AI