フンド・ヂ・キンタル
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1970年代にリオデジャネイロのブロコ・カルナヴァレスコであるカシキ・ヂ・ハモスで結成された。結成時のメンバー及び担当楽器はアルミール・ギネート(カヴァキーニョ/バンジョー)、ビラ・プレジデンテ(パンデイロ)、ウビラニー(ヘピーキ・ヂ・マォン)、ジョルジ・アラゴン(ギター)、ソンブリーニョ(ギター/カヴァキーニョ)、セレーノ、ニオシ(共にタンタン)である[1]。
当時すでに人気歌手であり、サンビスタでもあったベッチ・カルヴァーリョのショーに曲が使われ、またバックバンドとして度々出演するなど彼女の後押しを受け、1980年にファーストアルバムである”Samba é No Fundo de Quintal”がリリースされる。1980年代には結成メンバーであるアルミール・ギネートとジョルジ・アラゴンが脱退しソロ活動にシフトし、またニオシは若くして亡くなってしまう[2]。彼らと入れ替わる形でアルリンド・クルス(カヴァキーニョ/バンジョー)とクレベル・アウグスト(ギター)が加入し、1983年から1990年まではメンバーを変えず7枚のスタジオアルバムを制作する。1992年、アルリンド・クルスが脱退[3]。
2015年、第16回ラテン・グラミー賞において同バンドのアルバム、”Só Felicidade”がサンバ/パゴーヂ・アルバム部門にノミネートされる。
2018年、同バンド及びその楽曲がサンパウロのエスコーラ・ヂ・サンバ、Mancha Verdeのカーニヴァルのパレードにおけるテーマとなった[4]。
2020年12月、結成以来のメンバーであったウビラニーが新型コロナウイルスの為に死去[5]。
2025年6月14日、結成メンバーでありリーダーでもあったビラ・プレジデンテが死去[6]。