ブライアン・ジンガイ
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| 選手情報 | |||||||||||||||
| フルネーム | ブライアン・ジンガイ | ||||||||||||||
| ラテン文字 | Brian Dzingai | ||||||||||||||
| 国籍 |
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| 競技 | 陸上競技 (短距離走) | ||||||||||||||
| 種目 | 100m, 200m | ||||||||||||||
| 大学 |
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| 生年月日 | 1981年4月29日(43歳) | ||||||||||||||
| 出身地 |
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| 身長 | 167cm | ||||||||||||||
| 体重 | 67kg | ||||||||||||||
| 成績 | |||||||||||||||
| オリンピック | 200m 4位 (2008年) | ||||||||||||||
| 世界選手権 | 200m 準決勝1組6着 (2007年) | ||||||||||||||
| 地域大会決勝 |
アフリカ選手権 200m 6位 (2006年) | ||||||||||||||
| 最高世界ランク | 200m 7位 20秒12 (2004年) | ||||||||||||||
| 自己ベスト | |||||||||||||||
| 100m |
10秒19 (2008年) 10秒03w (2007年) | ||||||||||||||
| 200m |
20秒12 (2004年) 20秒06w (2008年) | ||||||||||||||
| 400m | 48秒96 (2009年) | ||||||||||||||
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ブライアン・ジンガイ(Brian Dzingai、1981年4月29日 ‐ )は、ジンバブエ・ハラレ出身で短距離走を専門にしている陸上競技選手。200mの自己ベストは20秒12のジンバブエ記録保持者。2008年北京オリンピック男子200mのファイナリスト(4位)である。
2003年8月、パリ世界選手権男子200mで世界選手権初出場を果たすも、1次予選で20秒96(-0.8)の組5着に終わった[1]。
2004年8月、アテネオリンピック男子200mでオリンピック初出場を果たすと、1次予選を20秒72(+2.0)の組4着で突破し、世界大会で初めて最初のラウンドを突破した。2次予選では20秒87(+0.2)の組5着に終わり、準決勝には進めなかった[2]。
2007年8月、大阪世界選手権男子200mの2次予選を20秒28(+0.3)で突破し、世界大会で初のセミファイナリストとなった。準決勝はタイムを落とし、20秒45(-0.4)の組6着で敗退した[3]。
2008年8月、北京オリンピックの開幕式でジンバブエ選手団の旗手を務めた[4]。レースでは男子200mに出場し、1次予選で20秒25(0.0)、2次予選で20秒23(+0.2)と、両ラウンドを全体トップのタイムで突破すると、準決勝は今季シーズンベストタイの20秒17(+0.1)で組2着(全体5位)に入り、世界大会で初めて決勝に進出した。決勝では20秒22(-0.9)をマークして当初6位でゴールするが、ゴール後に2位のチュランディ・マルティナ(19秒82)と3位のウォーレス・スピアモン(19秒85)が共にレーン侵害のため失格となり、その結果ジンガイは4位に繰り上がった[5][6]。
2008年9月14日、年間王者決定戦と呼ばれたワールドアスレチックファイナル男子200mに2大会連続の出場を果たすと、20秒88(-0.1)をマークして6位に入った。ワールドアスレチックファイナルには全部で3回出場することになるが、これが最高成績となった。
2009年8月、ベルリン世界選手権男子200mで世界選手権に4大会連続となる出場を果たすも、2次予選で負傷のため途中棄権に終わった[7][8]。
2010年以降は背中の怪我に悩まされ、世界大会から遠ざかった[9]。
