ブライアン・ジンガイ

From Wikipedia, the free encyclopedia

フルネーム ブライアン・ジンガイ
ラテン文字 Brian Dzingai
ブライアン・ジンガイ Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム ブライアン・ジンガイ
ラテン文字 Brian Dzingai
国籍 ジンバブエの旗 ジンバブエ
競技 陸上競技 (短距離走)
種目 100m, 200m
大学 アメリカ合衆国の旗 フロリダ州立大学
生年月日 (1981-04-29) 1981年4月29日(43歳)
出身地 ジンバブエの旗 ハラレ
身長 167cm
体重 67kg
成績
オリンピック 200m 4位 (2008年)
世界選手権 200m 準決勝1組6着 (2007年)
地域大会決勝 アフリカ選手権
200m 6位 (2006年)
最高世界ランク 200m 7位 20秒12 (2004年)
自己ベスト
100m 10秒19 (2008年)
10秒03w (2007年)
200m 20秒12 (2004年) ジンバブエ記録
20秒06w (2008年)
400m 48秒96 (2009年)
獲得メダル
陸上競技
ジンバブエの旗 ジンバブエ
アフリカ競技大会
2007 アルジェ4x100mR
編集 テンプレートのヘルプを表示する

ブライアン・ジンガイBrian Dzingai1981年4月29日 ‐ )は、ジンバブエハラレ出身で短距離走を専門にしている陸上競技選手。200mの自己ベストは20秒12のジンバブエ記録保持者。2008年北京オリンピック男子200mのファイナリスト(4位)である。

2003年8月、パリ世界選手権男子200mで世界選手権初出場を果たすも、1次予選で20秒96(-0.8)の組5着に終わった[1]

2004年8月、アテネオリンピック男子200mでオリンピック初出場を果たすと、1次予選を20秒72(+2.0)の組4着で突破し、世界大会で初めて最初のラウンドを突破した。2次予選では20秒87(+0.2)の組5着に終わり、準決勝には進めなかった[2]

2007年8月、大阪世界選手権男子200mの2次予選を20秒28(+0.3)で突破し、世界大会で初のセミファイナリストとなった。準決勝はタイムを落とし、20秒45(-0.4)の組6着で敗退した[3]

2008年8月、北京オリンピックの開幕式ジンバブエ選手団の旗手を務めた[4]。レースでは男子200mに出場し、1次予選で20秒25(0.0)、2次予選で20秒23(+0.2)と、両ラウンドを全体トップのタイムで突破すると、準決勝は今季シーズンベストタイの20秒17(+0.1)で組2着(全体5位)に入り、世界大会で初めて決勝に進出した。決勝では20秒22(-0.9)をマークして当初6位でゴールするが、ゴール後に2位のチュランディ・マルティナ(19秒82)と3位のウォーレス・スピアモン(19秒85)が共にレーン侵害のため失格となり、その結果ジンガイは4位に繰り上がった[5][6]

2008年9月14日、年間王者決定戦と呼ばれたワールドアスレチックファイナル男子200mに2大会連続の出場を果たすと、20秒88(-0.1)をマークして6位に入った。ワールドアスレチックファイナルには全部で3回出場することになるが、これが最高成績となった。

2009年8月、ベルリン世界選手権男子200mで世界選手権に4大会連続となる出場を果たすも、2次予選で負傷のため途中棄権に終わった[7][8]

2010年以降は背中の怪我に悩まされ、世界大会から遠ざかった[9]

自己ベスト

記録欄の( )内の数字は風速m/s)で、+は追い風、-は向かい風を意味する。

種目記録年月日場所備考
100m10秒19 (-0.3)2008年9月25日大韓民国の旗 大邱
10秒03w (+2.1)2007年5月19日アメリカ合衆国の旗 クレルモン追い風参考記録
200m20秒12 (+1.9)2004年6月10日アメリカ合衆国の旗 オースティンジンバブエ記録
20秒06w (+3.0)2008年7月9日ギリシャの旗 テッサロニキ追い風参考記録
400m48秒962009年4月11日アメリカ合衆国の旗 タラハシー

主要大会成績

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI