ブラジュ・バーシャー語
ブラジュ地方(マトゥラーやアーグラ)を中心に使うインド語派の言語。インドの言語
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概要
ジョージ・エイブラハム・グリアソンの分類では西部ヒンディー語のひとつに属する[3]。
ブラジュ・バーシャーはアワディー語と並び、近代以前にヒンディー語地帯の中で文学を発達させていた[4][5]。ブラジュ地方のマトゥラーはクリシュナ信仰の中心地であり、ブラジュ・バーシャー文学はヴィシュヌ派の強い伝統を持っていた[6]。ラーマ賛歌がアワディー語で書かれるのに対し、クリシュナ賛歌はブラジュ・バーシャーを使用するのが適切と考えられていた[7]。19世紀にはいっても北インドにおけるブラジュ・バーシャーの文学的伝統は強かった[8]。
アーグラはかつてのムガル帝国の首都であり、文章語や官僚語としてはペルシャ語が使われたが、日常の口語はブラジュ・バーシャーであったと考えられる[9]。1648年にデリーに遷都するときにアーグラから1万人が移動し、赤い城の言語は本来のデリーの方言よりもブラジュ・バーシャーに近かった[9]。
17世紀以降シク教の文献がグルムキー文字によるブラジュ・バーシャーで書かれた[10]。
19世紀以降に発達したヒンドゥスターニー語文学は、アワディー語とブラジュ・バーシャーの文学的遺産を引き継いでいる[11]。