ブリーガ・アルタ

From Wikipedia, the free encyclopedia

ブリーガ・アルタ
Briga Alta
ブリーガ・アルタの風景
ウペガ集落。タナーロ川に架かる橋の上から。
行政
イタリアの旗 イタリア
ピエモンテ州の旗 ピエモンテ
県/大都市 クーネオ
CAP(郵便番号) 18025
市外局番 0174
ISTATコード 004031
識別コード B175
分離集落 Carnino, Piaggia, Upega
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
地震分類 zona 3A (sismicità bassa)
気候分類 zona F, 3939 GG
公式サイト リンク
人口
人口 42 [1](2020-01-01)
人口密度 0.8 人/km2
文化
住民の呼称 brigaschi
守護聖人 聖ジャコモ (san Giacomo)
祝祭日 7月25日
地理
座標 北緯44度04分52.67秒 東経07度44分27.2秒 / 北緯44.0812972度 東経7.740889度 / 44.0812972; 7.740889座標: 北緯44度04分52.67秒 東経07度44分27.2秒 / 北緯44.0812972度 東経7.740889度 / 44.0812972; 7.740889
標高 1310 (1160 - 2651) [2] m
面積 52.18 [3] km2
ブリーガ・アルタの位置(イタリア内)
ブリーガ・アルタ
ブリーガ・アルタの位置
クーネオ県におけるコムーネの領域
クーネオ県におけるコムーネの領域
イタリアの旗 ポータル イタリア
テンプレートを表示

ブリーガ・アルタイタリア語: Briga Alta)は、イタリア共和国ピエモンテ州クーネオ県にある、人口約50人の基礎自治体コムーネ)。

ピエモンテ州最南端で、フランスとの国境に位置する。イタリア国内で定住人口が最小規模のコムーネの一つであり、人口密度が 1 人/km² を下回るイタリア唯一のコムーネである(2011年現在)[3]

標準イタリア語以外では以下の名称を持つ。

  • リグリア語ブリガスク方言 (en) : ra Briga Auta
  • リグリア語: Briga Auta

自治体名は、高地(alta)ブリーガを意味する。

地理

位置・広がり

首邑ピアッジャは、ピエモンテ州(黄)がリグーリア州に突き出た部分に所在する

ブリーガ・アルタは、クーネオ県最南端(ひいてはピエモンテ州最南端)のコムーネであり、西はフランスとの国境となっている。コムーネの領域は伊仏国境に沿って南北に細長く、南のインペリア県リグーリア州)に突き出す形になっている。また、北西に飛び地がある。

行政上の中心地(Capoluogo)となっているピアッジャPiaggia)は、コムーネ最南部に位置する。ピアッジャは、タンドから東へ12km、インペリアから北西へ31km、県都クーネオから南南東へ37km、ニースから北東へ57km、州都トリノから南へ110kmの距離にある[4]

コムーネ北部には分離集落ウペガUpega)とカルニーノCarnino)がある。ウペガはピアッジャから北北西へ5km、カルニーノはウペガから北北東へ2kmという位置関係にある[4]。ピアッジャとウペガを自動車で結ぶ道路は、約10kmにわたってリグーリア州内(インペリア県メンダーティカの村域内)を通っており、しかもサルセ峠(Colletta delle Salse)を越えなければならない[5]

この村は、民族的・言語的な一体性を有するテッラ・ブリガスカ (it:Terra brigasca) と呼ばれる、伊仏国境にまたがる地域の一部である。かつてはブリーガ・マリッティマ(現在はフランス領ラ・ブリギュ。ピアッジャから西へ11km[4])を中心とする自治体の一部であったが、第二次世界大戦後にイタリアとフランスの国境がリグリア・アルプスの主稜線上に移動された(主稜線西側のイタリア領がフランス領に編入された)際、主稜線東側(タナーロ川流域)にあたるピアッジャ、ウペガとカルニーノがイタリア領にとどまり、ブリーガ・アルタとなった。

隣接コムーネ

隣接するコムーネは以下の通り。括弧内のIMはインペリア県所属。FRはフランス領を示し、FR-06はアルプ=マリティーム県所属。

地勢

モンテ・フロンテから北への眺望。中央にピアッジャ集落、後方の山地の最高峰がマルグアレイス山。

伊仏国境となっているリグリア・アルプス英語版主稜線の東麓にあたる地域で、タナーロ川英語版の最上流部に位置している。タナーロ川の源流部にあたる2つの河川が源を発する。

コムーネの最高地点は、コムーネ北西部に位置し、フランスとの国境にある マルグアレイス山英語版イタリア語版(2651 m)である。マルグアレイス山はリグリア・アルプスの最高峰である。

このほか、主稜線上にベルトランド山 (it:Monte Bertrand) (2481 m)や、サッカレッロ山 (Monte Saccarello) (2200 m、フランス語名:モン・サカレル)といった山々がある。コムーネ最南部に位置するサッカレッロ山はフランス領およびリグーリア州との交点となっており、またリグーリア州最高峰である。

歴史

テッラ・ブリガスカ地域のコムーネ
1947年まで
現況

このコムーネは、かつてのブリーガ・マリッティマ(Briga Marittima、現在はフランス領ラ・ブリギュ)の一部であった。

この一帯はもともとはニース(ニッツァ)伯領 (County of Nice) で、中世以来「イタリア」と「フランス」の間で複雑な領有権の変更があった地域である。中世初期にはプロヴァンス伯が支配し、14世紀以来サヴォイア家の領土となった。19世紀にはフランスとイタリア(サヴォイア家のサルデーニャ王国、のちイタリア王国)の間で複雑な領有の変更が行われた。1860年、ニース伯領のうちニース市を含む大部分はフランスに編入されたが、タンド(イタリア語名: テンダ Tenda)やラ・ブリギュ(ブリーガ・マリッティマ)など山間部はイタリア領にとどまった。

第二次世界大戦終結後の1947年に結ばれたパリ条約では、アルプス付近の5か所で伊仏国境の変更(イタリア領からフランス領への編入)が行われた (Territorial evolution of France#The National territory since 1945) 。ブリーガ・マリッティマを含むタンド周辺地域は、その中でも最も大きな変更が行われた地域で、リグリア・アルプス主稜線上に国境線が移され、広い地域がフランス領に編入された。1947年2月10日、ブリーガ・マリッティマの大部分はフランス領となったが、主稜線東側のピアッジャ、ウペガとカルニーノがイタリア領として残り、ブリーガ・アルタとなった。もともとのブリーガ・マリッティマを主稜線で分割したために、イタリア側のブリーガ・アルタにも、フランス側のラ・ブリギュにも、それぞれ飛地が生じている。

行政

山岳部共同体

広域行政組織である山岳部共同体イタリア語版「アルト・タナーロ・チェバーノ・モンレガレーゼ山岳部共同体」 (it:Comunità montana Alto Tanaro Cebano Monregalese) (事務所所在地: チェーヴァ)を構成するコムーネの一つである。

住民

人口推移

人口推移
人口±%
18611,291    
18711,361+5.4%
1881713−47.6%
1901545−23.6%
1911776+42.4%
1921679−12.5%
1931418−38.4%
1936379−9.3%
1951285−24.8%
1961225−21.1%
1971161−28.4%
1981120−25.5%
199181−32.5%
200162−23.5%
201148−22.6%

文化・観光

マルグアレイス山一帯は、マルグアレイス自然公園 (it:Parco naturale del Marguareis) として指定されている。

交通

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI