ブルータリズム
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ブルータリズム(英語:Brutalism)は、1950年代以降にイギリスで戦後復興事業のなかから生まれた建築様式である[2][3][4][5][6]。

ブルータリズムの特徴は、装飾的なデザインよりも素材や構造を露出させ質感を強調させ、構造要素を前面に出したミニマルな構成で知られている[7][8]。塗装していない打放しコンクリート(ベトン・ブリュット/生のコンクリート)やレンガを使用して建てられ、塗装や化粧板は使わない[8][9]。角ばった幾何学的な模様を単色的な色彩やモノクロームで表現し、これに鋼材、ガラスや木材なども使用される場合が多い[10]。
概要
1940年代に新折衷主義などの懐古的な動きが生まれ、モダニズム建築のインターナショナル・スタイルが形骸化したことに対し、モダニズム建築の機能主義の原点に立ち返ることを目指して[11]、スウェーデン語の「nybrutalism」に由来したニュー・ブルータリズム (new brutalism) という語で、スミッソン夫妻らにより主唱された[9][12][13]。
この様式は、建築批評家レイナー・バンハムが1955年の論考で取り上げたことで、さらに広く知られるようになった。彼はこの運動を、フランス語の béton brut(生のコンクリート)や art brut(生の芸術)とも結びつけた[14][15]。スミッソンズ、ハンガリー生まれのエルノ・ゴールドフィンガー、イギリスの設計事務所チェンバリン・パウエル・アンド・ボンらによって発展したこの様式は、一方でフランス系スイス人のル・コルビュジエ、エストニア系アメリカ人のルイス・カーン、ドイツ系アメリカ人のミース・ファン・デル・ローエ、フィンランドのアルヴァ・アアルトといった建築家たちのモダニズム建築にも、ある程度その先駆を見いだすことができる[8][16]。
イギリスでは、ブルータリズムは社会主義的原則に影響を受けた、実用的で低コストな公営住宅の設計に取り入れられ、その後、東欧の類似様式とも響き合いながら世界各地へ広がっていった[17][7][8][18]。ブルータリズム・デザインは、とりわけ州議会、公的事業施設、大学、図書館、裁判所、市庁舎といった公共・制度的建築の設計で多く用いられるようになった。この運動の人気はポストモダン建築が現れると1970年代後半から衰え始め[19]、都市の荒廃や全体主義と結びつけて見られることもあった[8]。社会主義国や共産主義国でブルータリズムが好まれたのは、伝統的様式がブルジョワジーと結びつけられていた一方で、コンクリートは平等性を強調するものと考えられたためである[20]。
ブルータリズムは歴史的に賛否の分かれる存在であり、個々の建築物だけでなく、この運動全体もさまざまな批判を受けてきた(しばしば「冷たい」と形容される)。ブルータリズム建築の取り壊しを求める市民主導の運動が起こることも少なくない。他方で、この様式を支持する人々もおり、イギリスではいくつかの建物が保存されている。
建築例
関連項目
- コンスタンチン・メーリニコフ
- 丹下健三
- ハイテク建築
- ソ連のバス停 - ソ連におけるブルータリズムの小規模な実践例。
- レトロ・フューチャー
- ブルータリスト (映画):ハンガリー系ユダヤ人のブルータリズム建築家のフィクション映画
- モルチャット・ドマ - ブルータリズムが音楽性に大きな影響を与えている[21]