モルチャット・ドマ
ベラルーシ出身の音楽バンド
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モルチャット・ドマ(モルチャット・ドーマとも、ロシア語:Молчат Дома、ラテン文字表記:Molchat Doma)は、2017年にベラルーシのミンスクで結成された3人組のバンド。バンド名はロシア語で「家々は静か」を意味し、現在はアメリカ合衆国のロサンゼルスを拠点としている[1][2]。
| モルチャット・ドマ | |
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2019年にリトアニアで演奏するモルチャット・ドマ | |
| 基本情報 | |
| 原語名 | Молчат Дома |
| 出身地 |
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| ジャンル | ポストパンク、ニュー・ウェイヴ、シンセポップ、ダーク・ウェイヴ、コールド・ウェイヴ |
| 活動期間 | 2017年 - |
| レーベル | Detriti Records、セイクリッド・ボーンズ・レコーズ |
| 公式サイト | molchatdoma.com |
| メンバー |
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メンバーはエゴール・シュクトコ(ボーカル)、ロマン・コモゴルツェフ(ギター、シンセサイザー、ドラムマシン)、パヴェル・コズロフ(ベース、シンセサイザー)。低音域を中心とするロシア語の歌唱、ドラムマシンによる反復的なリズム、シンセサイザーとギターを組み合わせた音像を特徴とし、その音楽はポストパンク、ニュー・ウェイヴ、シンセポップ、ダーク・ウェイヴ、コールド・ウェイヴなどに分類されてきた[1][3][4]。
2018年のセカンド・アルバム『Etazhi』と収録曲「Sudno (Boris Ryzhy)」がYouTubeやTikTokを介して国際的に広まり、2020年にアメリカのインディペンデント・レーベル、セイクリッド・ボーンズ・レコーズと契約した[5][4]。同レーベルから『Monument』(2020年)、『Belaya Polosa』(2024年)を発表している。
来歴
前身と初期作品(2014年 - 2019年)
コモゴルツェフとシュクトコは学生時代から交流があり、2014年ごろにはコモゴルツェフの個人プロジェクト「Solidarnost」(Солидарность)で、のちにモルチャット・ドマへ引き継がれる楽曲を制作していた。当初はシュクトコがベースも担当し、その後は複数のベーシストが参加した。モルチャット・ドマとしての活動は2017年に始まり、同年11月にコズロフが加入して現在の3人編成となった[6]。
バンド名は、雨天のミンスクで乗合バスの車窓から集合住宅群を見ていたコモゴルツェフが着想した。ロシア語では「家にいて黙る」ではなく「家々が静かである」という意味になり、コモゴルツェフは、後に政治的な意味と結び付けられることもあったが命名時の意図は政治的なものではなかったと説明している[6]。
2017年4月24日、デビュー・アルバム『S krysh nashikh domov』(С крыш наших домов、「私たちの家々の屋根から」)を自主リリースした[7]。同作は同年、ベルリンのインディペンデント・レーベル、Detriti Recordsから再発された[4]。2018年9月7日には同レーベルからセカンド・アルバム『Etazhi』(Этажи、「階」)を発表した[8][9]。発売直前にはスウェーデンのKalabalik Festivalに出演し、バンドにとって初の国外公演となった[6]。
初期2作品はBandcampとYouTubeを通じて国外へ広まった。ポストパンク作品を紹介していたYouTubeチャンネル「Harakiri Diat」による『Etazhi』の非公式投稿は、削除されるまでに少なくとも約200万回再生されていた[5]。2019年のTallinn Music Weekでは、批評家キーロン・タイラーが、初期のザ・キュアーやジョイ・ディヴィジョンを想起させる要素を持ちながらも、それらを独自に組み直していると評した[3]。
国際的な拡大と『Monument』(2020年 - 2022年)
2020年1月、モルチャット・ドマはニューヨークのセイクリッド・ボーンズ・レコーズと契約した。同レーベルは同年3月27日、初期2作品を北米で再発した[4][10][9]。
同時期、『Etazhi』収録曲「Sudno (Boris Ryzhy)」(Судно (Борис Рыжий))が、衣服を次々と着替える映像や旧ソ連圏の都市風景を扱った映像など、TikTok上の多数の動画に用いられた[5]。歌詞はロシアの詩人Boris Ryzhyの詩を用いたもので、原型は前身プロジェクトの時期に作られていた[6]。同曲はSpotifyのViral 50で米国1位、世界2位を記録した[11]。メンバーは拡散を歓迎する一方、動画の制作者が歌詞の内容を理解していないことには複雑な反応を示した[6]。
初の北米ツアーはアメリカの歌手クリスタ・ベル(Chrysta Bell)との共演で予定されていたが、新型コロナウイルス感染症の流行により中止された[4][11]。同年5月には、セイクリッド・ボーンズ所属アーティストによるブラック・サバスのトリビュート盤『What Is This That Stands Before Me?』に参加し、「Heaven and Hell」をロシア語でカバーした[12]。
バンドは公演活動が制限された期間を制作に充て、サード・アルバム『Monument』(Монумент)を録音した。同作は、先行曲「Ne Smeshno」の公開とともに2020年9月15日に発表され、11月13日に発売された[13][14]。『Pitchfork』は、初期作よりも演奏に自信があり音像が明瞭になった一方、TikTokで拡大した聴衆に迎合していないと評した[15]。同作は米国『Billboard』のWorld Albumsで12位、Top Heatseekersで21位を記録した[16]。
2022年には、延期されていた初の北米ツアーを実施した[17]。同年4月16日と23日にはコーチェラ・フェスティバルに出演した[18]。
ロサンゼルス移転と『Belaya Polosa』(2023年 - )
バンドはミンスクを離れ、ロサンゼルスへ活動拠点を移した。2024年9月の『Billboard Italia』の取材では、約1年前から同地に居住していると紹介された[2]。コモゴルツェフによれば、移転後は自前のスタジオを整え、以前より多くの機材を用いて実験できる制作環境を得た[19]。
4作目のアルバム『Belaya Polosa』(Белая полоса、「白い帯」)は、『Monument』発表後から約4年をかけて制作された。曲想の一部はツアー中に生まれ、ロサンゼルスで録音を完成させた[20]。2024年6月に先行曲「Son」とともに発表され[21]、同年9月6日にセイクリッド・ボーンズから発売された[22]。題名は、困難な時期の後に訪れる好転期を「白い縞」にたとえる表現に由来する[19]。同作は米国『Billboard』のWorld Albumsで9位、全英のDance Albums Chartで8位を記録した[23][24]。
2024年の欧州ツアー中には、『Etazhi』のジャケットに使われたスロバキアのパノラマ・ホテルを訪れ、「Toska」「Chernye Cvety」「Sudno」の3曲を屋外で演奏・収録した[25]。この音源は2025年1月に初の公式ライブ作品『Live at Panorama Hotel』として配信され、同年4月25日にレコードでも発売された[26][27]。同年8月22日には9曲入りのリミックスEP『Belaya Polosa Remixes』を発表した[28]。
音楽性
モルチャット・ドマは生のドラマーを置かず、ドラムマシンを用いる。コモゴルツェフは、結成時からミニマルで冷たい音を意図しており、独立したメンバーとしてドラマーを置くことはその構想に合わないと判断したと説明している[19]。制作では、コモゴルツェフがベースラインまたは主旋律を起点にデモを作り、3人での演奏を通して曲を仕上げることが多い[29]。
メンバーが自らのルーツとして挙げた作品には、ジョイ・ディヴィジョンの『アンノウン・プレジャーズ』、ザ・キュアーの『セブンティーン・セコンズ』、ソ連のロックバンドキノーの『Gruppa Krovi』がある[19]。このほかコモゴルツェフは、デペッシュ・モード、クラフトワーク、a-haなどの1980年代の音楽や、キノー、Kofe、Tsentrなどのソ連・ロシアのバンドを参照してきたと述べている[6]。シュクトコの歌唱は低音域を中心とし、深い残響を伴う声が特徴と評されている[5]。
歌詞はロシア語で書かれる。コモゴルツェフは、ロシア語を自分たちの母語かつアイデンティティの一部とし、感情や音楽的な細部を最も自然に表現できる言語だと説明している[19]。初期作品には、ミンスクの集合住宅、肉体労働、将来の選択肢の乏しさから受けた感覚が反映されている[6]。バンド自身はBandcampで用いてきた「ソビエトウェイヴ」を、ソ連圏のポストパンク、ニューウェイヴ、1980年代のシンセポップに触発された音楽家を結ぶレトロフューチャー的な用語と説明し、自分たちの音楽はすでに単一のジャンルを越えているとも述べている[19]。
『Belaya Polosa』では、それまでの作品が参照してきた1980年代から1990年代へ着想の時代を移し、より多様で明瞭な音像を目指した[29]。歌詞の中心には、移住や環境の変化を経て、過去に何を残し今後どこへ向かうのかという内省が置かれた[20]。
視覚表現
受容
「Sudno」がTikTokで流行した際、同曲は服装紹介や旧ソ連圏への憧憬を表す映像に使われ、バンドは「ドゥーマー音楽」や「ポスト・ソビエト的なメランコリー」と結び付けて論じられた[5]。歴史家クラウディア・ロンキンは、欧米の若者が旧ソ連圏の文化を受容する際、複雑な過去がロマン化または単純化され得るという問題のなかにモルチャット・ドマを位置付けた[30]。また、ロシア・東欧研究者のマルコ・ビアジオーリは、TikTok上では制作者が込めた意味より利用者の自己表現が優先され、楽曲が脱政治化・ミーム化されたと分析した[31]。
『Monument』について『Pitchfork』は、より明瞭な音像と自信を増した演奏を評価し、インターネット上で拡大した聴衆に安易に迎合しなかったと論じた[15]。『Belaya Polosa』については、同誌が1980年代のゴシック・ロックとポスト・ソビエト的なメランコリーを保ちながら演奏がより活発で自信に満ちたものになったとする一方、曲によっては勢いが失われるとも評した[32]。AP通信のマーク・ケネディは、同作について、ロシア語の歌詞を理解しない聴衆にも訴える音響的な親しみやすさを持つと評した[33]。
社会的活動
2020年8月、モルチャット・ドマは、同年のベラルーシ大統領選挙後の抗議運動で弾圧を受けた人々を支援するチャリティー・コンピレーション『For Belarus』に参加した。収益は被害者支援を行うBelarus Solidarity Foundationへ送られた[34][35]。
2022年3月には、ロシアによるウクライナ侵攻を非難し、同年春の公演収益の一部を戦争の被害を受けた市民に寄付すると表明した[36][17]。同年の取材でシュクトコは、侵攻開始後、国境が閉鎖されて予定していたツアーへ出られなくなることを懸念し、ベラルーシを出国したと説明している[17]。
メンバー
- エゴール・シュクトコ(Egor Shkutko) - ボーカル、作詞
- ロマン・コモゴルツェフ(Roman Komogortsev) - ギター、シンセサイザー、ドラムマシン
- パヴェル・コズロフ(Pavel Kozlov) - ベース、シンセサイザー
近年の一部の英語記事やクレジットでは、それぞれYahor Shkutko、Raman Kamahortsau、Pavel Kazlouとも表記される[2]。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
その他の作品
| 発売日 | 題名 | 種別 | 発売元 |
|---|---|---|---|
| 2025年1月(配信) 2025年4月25日(レコード) | Live at Panorama Hotel | ライブ作品 | セイクリッド・ボーンズ・レコーズ |
| 2025年8月22日 | Belaya Polosa Remixes | リミックスEP | セイクリッド・ボーンズ・レコーズ |
