ブルー・デモン
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トスコ・ムーニョス
| ブルー・デモン | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム |
ブルー・デモン トスコ・ムーニョス |
| 本名 | アレハンドロ・ムニョス・モレーノ |
| ニックネーム | 青い悪魔 |
| 身長 | 169cm |
| 体重 | 77kg |
| 誕生日 | 1922年4月24日 |
| 死亡日 | 2000年12月16日(78歳没) |
| 出身地 |
ヌエボ・レオン州 |
| トレーナー | ローランド・ベラ |
| デビュー | 1948年3月31日 |
| 引退 | 1988年 |
ブルー・デモン(Blue Demon、1922年4月24日 - 2000年12月16日)は、メキシコのプロレスラー、俳優。本名アレハンドロ・ムニョス・モレーノ(Alejandro Munoz Moreno)。ライバルであるエル・サント とは幾度にもわたって伝説的な試合を繰り広げ、サント同様多数の映画に出演した。ニックネームは「青い悪魔」。
養子はブルー・デーモン・ジュニア。
1922年、アレハンドロ・ムーニョス・モレーノはヌエボ・レオン州において、農家の十二人兄弟の五番目として生まれた。モンテレイで長らく鉄道関係の仕事に就いていたが、たまたま出合ったローランド・ベラの影響でルチャリブレに興味を持つようになる。ベラはムーニョスにルチャの技術を授ける一方で、のちに彼のトレードマークとなる青いマスク(ただし当初は無地)と「ブルー・デモン」のリングネームの産みの親ともなった。
アレハンドロ・ムーニョスは1948年3月31日アメリカテキサス州ラレドでデビューした。そして同年6月、青地に銀の線を入れたマスクを身につけ、ブルー・デモンとして登場する。その後EMLLの代表サルバドーレ・ゴンザレスにスカウトされ8月にアレナ・メヒコに登場。ブラック・シャドーの弟と称してコンビ「ロス・エルマーノス・シャドー」を結成し、当初はルードとして戦っていた。
終生のライバル、エル・サントとの接触はこのタッグ活動に起因する。1952年アレーナ・メヒコにて行われたマスカラ・コントラ・マスカラ(双方のマスクをかける試合)形式の試合で、サントはブラック・シャドーを破る。その後サントと対戦したブルー・デモンはこれに勝利し、敵討ちを果たすと同時に1953年にはNWAウェルター級王座を獲得する。ここにルチャリブレ史上最大のライバル関係が始まると同時に、サントと双璧をなすカリスマ的ルチャドールが誕生することとなった。
その後テクニコに転向。1972年にWWWF(現在のWWE)に出場。
1988年にモンテレー・アリーナで引退。2000年に心筋梗塞で死去。