ブールヌイ (駆逐艦・4代)

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ブールヌイ
「ブールヌイ」(2014年)
「ブールヌイ」(2014年)
基本情報
建造所 ジュダーノフ造船所[1]
運用者  ソビエト連邦海軍
 ロシア海軍
艦種 駆逐艦
級名 ソヴレメンヌイ級駆逐艦
艦歴
起工 1983年11月4日[1]
進水 1986年12月30日[1]
就役 1988年11月9日[1]
除籍 2020年5月30日[2]
要目
基準排水量 6,500 t[1]
満載排水量 7,940 t[1]
全長 156 m[1]
最大幅 17.3 m[1]
吃水 6.5 m[1]
ボイラー KVNボイラー×4基[1]
主機 GTZA-674タービン×2基[1]
出力 99,500 hp(m)[1]
推進 スクリュープロペラ×2軸[1]
最大速力 32 kt[1]
航続距離
乗員 296名(うち士官25名)[1]
兵装
搭載機 Ka-27 対潜ヘリコプター×1機[1]
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ブールヌイロシア語: Бурный)は、ソビエト連邦海軍/ロシア海軍で就役していたソヴレメンヌイ級駆逐艦(956型駆逐艦)の1隻[1]。艦番号は778(元677、795)[1][3]太平洋艦隊に所属していた[1]

1983年11月4日にレニングラードのジュダーノフ造船所にて起工し、1986年12月30日に進水、1988年11月9日にソビエト連邦海軍に就役した[1][4]。就役当初の艦番号は677であった[3]。建造期間中は、レニングラード海軍基地の第13建造・修理艦隊(13 BrSRK)に編入され、公試中はリエパーヤ海軍基地に拠点を置く第12ミサイル艦師団第76ミサイル艦旅団に編入されていた[5]

1989年10月14日より、バルチースクから太平洋艦隊への移動を開始し、12,000海里に及ぶ航海を経て12月14日に基地に到着[5]ソヴィエツカヤ・ガヴァニを拠点とする太平洋艦隊の第193対潜艦旅団所属となる(11月13日付)[5]

ソブレメンヌイ級は対水上戦を主目的とした駆逐艦で、対潜戦を目的としたウダロイ級と対になる艦級であるが、ウダロイ級が高い評価を得てソ連崩壊前後の海軍低迷期にも比較的活発な活動を行っていたのに対し、本級はギアード・タービン機関や兵装の信頼性が低く、活動は低調であった[6]

1990年10月14日から11月14日まで、駆逐艦はダルザヴォド造船所ロシア語版で修理を受けた[5]。1990年中の航行距離は5,738海里であった[5]

1991年1月3日から7月20日まで、ベトナムカムラン港を拠点に南シナ海で活動し、6,554.5海里を航行した[5]。1991年中の航行距離は合計8,222.3海里であった[5]

1994年4月28日、第10任務部隊第36ミサイル艦師団に編入された[7]。また同月に艦番号を795に変更している[3]

1996年中には27日間の航海を行い、航行距離は1125海里であった[7]

1998年8月にはロシア・アメリカの共同救難訓練に参加[7]

1999年4月19日から23日まで太平洋艦隊の集合演習に参加し、ミサイルの実射も実施[7]。6月にダルザヴォド造船所で修理に入る[7]。9月26日、M.G.ザハレンコ中将の指揮下でミサイル巡洋艦「ヴァリャーク」と共に出航し、10月の中華人民共和国建国50周年を記念するため上海を訪問した[4][7]。10月10日に基地に帰還[7]

2000年4月10日午前10時、駆逐艦「アドミラル・ヴィノグラードフ」の舷側に向けてAK-630 CIWSを誤射する事故があり、4月12日に予定されていた釜山への訪問は秋まで延期された[3][4]

2005年8月、ウラジオストクから中国の青島港へ航行中に、乗員が行方不明となる事件があった[4]

2005年以降はダルザヴォド造船所で長期修理状態に入り、予備役となる[4][6]2013年2月には、キーロフ・エネルゴマシュ工場にて主機関などの修理を開始した[4]。ただし、「ジェーン海軍年鑑」2015年版や「世界の艦船」2015年6月号では、退役ないし運用不能状態とされ、ロシア海軍の保有艦としては計上されていない[8][9]

2019年末時点では処分待ち状態であった[4]。「Fighting ships of the world 2025」によれば、2020年5月30日に除籍とある[2]

脚注

参考文献

関連項目

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