プジョー・201
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201はスイス国境近くのソショー工場で製造された。プジョーは1886年にはガソリン車を製造していたが、プジョー初の量産車はこの201である。[1]
201は1929年のウォール街大暴落を受けて、同年のパリモーターショーで発表された。当時存在していたヨーロッパの自動車メーカーの多くはその後起きた世界恐慌の影響で生き残れなかったが、プジョーは安価な車として発売した201のお陰もあって経済危機を乗り越えることができた。1930年代、プジョーはエンジンの容量を拡大したいくつかのバリエーションを発売した。
201の発売当初は最高出力23PS(17kW)/3,500rpmで最高速度80km/h(50mph)の排気量1,122ccのエンジンを搭載していた。その後排気量を1,307ccに拡大したモデルが発売され、最高出力35PS(26kW)の排気量1,465ccのエンジンを搭載したモデルも発売された。他にも商用車モデルやサルーンなどを販売していた。
201は日本にも輸入されており、群馬県高山村にあるロックハート城には、日本で唯一動態保存されている1931年製の201が展示されている。[2]
ネーミング
201の前身であるタイプ190はプジョーが開発した190番目のモデルであることからこう呼ばれていた。しかし、当時「タイプ190」という名称を知っている顧客はほとんどおらず、同社のパンフレットにも「La 5CV Peugeot」と書かれていた。
タイプ190の後継として201が発表された際、中央に”0”を入れたナンバリングシステムを初めて採用した車となった。その後、このルールを受け継ぎ301や401等のモデルが発表された。