プブリウス・マニリウス
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プレブス(平民)であるマニリウス氏族の出身である。紀元前149年にマニウス・マニリウスが氏族として最初に執政官に就任した[1]。マニウスは「スキピオ・サークル」の一員であり、プブリウス・ムキウス・スカエウォラおよびマルクス・ユニウス・ブルトゥスに並び、その次代の最も優れた法律家と呼ばれた[2]。マニウスは第三次ポエニ戦争の初期段階で、陸軍の指揮をとっている[3]。
長男は父のプラエノーメンを受け継ぐというローマの風習から、マニウスにはプブリウスという兄がいたと思われ、第三次イリュリア戦争戦争後の紀元前167年にルキウス・アニキウス・ガッルスを支援してイリュリアの再建を担当した人物が該当すると推定され、おそらくこのプブリウスが本記事のプブリウスの父と思われる[4]。