プランダル条約 (1776年)
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背景
1773年8月、マラーター王国の宰相ナーラーヤン・ラーオが暗殺され、叔父のラグナート・ラーオが宰相となった[3]。しかし、ラグナート・ラーオは暗殺の黒幕だという嫌疑を払うことができず、翌年4月に廃された。彼は復権を目指してイギリス東インド会社と接触し、当時のベンガル総督だったウォーレン・ヘースティングズは内紛を介入の好機と見て、1775年3月にスーラト条約を締結した[4]。
サルセットとバセインの周辺領土の割譲を代償に兵員の援助を受けたラグナート・ラーオは第一次マラーター戦争を開始したが、5月18日のアダスの戦いで敗北を喫した[5]。