ニケフォロス1世はブルガリアの首都プリスカを占領し、町を焼き払い廃墟にした。クルムは和平を結ぼうとしたが、ニケフォロス1世はこれを受け入れず、さらに進軍した。一方クルムも、侵攻路に柵をひそかに建設させ、東ローマ軍の退路を断ち、戦闘の準備をしていた。7月25日、バルビツィア峠(英語版)に差し掛かった東ローマ軍は、ブルガリア軍の夜襲を受け、壊滅的な敗北を喫した。逃げ出した兵士も高い柵を乗り越えようとして死んだ。皇帝ニケフォロス1世もこの戦いで戦死した。後の伝説によると、ニケフォロスの頭蓋骨は髑髏杯にされてクルムに献上されたという。