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プロジェクト‐ノート:野球選手

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  • 新しい意見がある場合は過去ログを一旦確認の上、意見をお願いします。


登場曲の記載について

最近では、「無出典な記述」として「登場曲」項目を削除する編集がよく見られますが、私は登場曲項目は野球選手の百科事典に必要な項目かと言えば、そうではなく所詮「トリビア」の一つにすぎないと考えます。これから、登場曲項目を存続させるか今後は載せないで統一していくか、その議論を行いたいと考えております。

ちなみに私は「登場曲」項目の記載には反対いたします。--フジナミゼン(会話) 2025年3月25日 (火) 07:07 (UTC)

最近「登場曲」を削除している張本人になります(私の他にそのような編集をされている方はいなそうです)。「登場曲」については多くの記事で無出典での記載が横行しており、「出典なしで追記できる」と考える方が一定数います。出典が付与されていたとしても、球団公式サイトの現在の登場曲を参照しているだけの記事も多く、過去の登場曲を含めて網羅できる性質のものではないし、網羅できているかどうかも担保できないでしょう(網羅する必要はないと思いますが、網羅するような編集をされる方が一定数います)。正しく出典が付与されている記事も含めて「一律記載しない」という方向性にできるかどうかは分かりませんが、ここでの議論の結果を待つまでもなく、無出典の登場曲記載については削除対象と考えております。--なびお(会話) 2025年3月25日 (火) 07:47 (UTC)
私は原則登場曲は、全て不要で、これはWP:IINFOかな?と思っています。人物節とかに、「誰々は、・・・・という理由により登場曲を××にしていた」という内容で且つ非常に重要な内容であるのであれば掲載しても良いと思うのですが、網羅する必要はないと思っています。プロ野球選手の記事ですと、記事として記載すべき内容は、その選手はどういった経歴で、どのシーズンにどんな活躍をして、年毎の成績はどうだったか、表彰やタイトルはあるのか、そして引退後の記述というのが重要であり、登場曲はその重要な内容に全く入らないと思います。--途方シネマズ(会話) 2025年3月26日 (水) 00:26 (UTC)
こちらの提案に対して、まだ合意は取れていないものと考えておりますが、提案主のフジナミゼンさんは喜多隆介での投稿、松本隆之介での投稿のように、登場曲項目の削除を理由の記載なく行っているようです。まずは合意を取るべく議論を進めていただけませんでしょうか(別スレッドでのフジナミゼンさんが削除された提案らしきものを見るに、すべての考えに同意できるものではないのではないかという懸念があります)。--なびお(会話) 2025年4月27日 (日) 13:55 (UTC)
登場曲の削除について、特に「存続すべき」などという意見も見受けられませんが、一律削除だと反対意見も出る可能性があるので、ルールを設けて記載の基準を定める提案をいたします。以下、私が今のところ考えているルールです。
1.原則、「詳細情報」節に登場曲を記載はしないこと。
2.登場曲を記載する際は、「人物」節に記載すること。その際、ただ曲名を羅列するのではなく、必ずその選手に関連する重要な事柄も合わせて文章化させて記載すること。例えば、横田慎太郎#阪神への在籍中などが良い例。
ルールの添削のご意見がありましたら、どうぞご遠慮なくお願いします。--フジナミゼン(会話) 2025年5月25日 (日) 12:32 (UTC)
出典があるのは前提として、一律「登場曲節を作成しない(削除する)」ということに対しては賛成いたしかねます。細川成也のような形で出典が記載されているものなどについて、「人物」節に記載することは難しいと思いますし、削除することも難しいのではないでしょうか。ただし、ソフトバンク選手のように単一の球団公式サイトのみ出典として記載されているものについては正しい出典になっていない場合が多いため精査のうえで削除しても良いと思います。--なびお(会話) 2025年5月27日 (火) 12:48 (UTC)
それでは、現在私が提案しているルールは、今後新しく作られた野球選手の記事で採用する、ということにしておきましょうか。現在登場曲項目が存在する記事については、出典がないものは除去、出典があるものは各々の記事のノートで結論を出す、ということにしてもいいと思うのですが......。--フジナミゼン(会話) 2025年6月10日 (火) 14:33 (UTC)
最後の私の提案から1か月以上経過していますが、新しい提案もないようです。そこで、ルールを少し手直しし、改めて整理します。
1.原則、「詳細情報」節に登場曲を新しく記載はしないこと。
2.元々登場曲が記載されている場合は、出典が存在しない、もしくは出典はあるものの正しく設定されていない場合に登場曲項目を除去すること。ただし、正しく出典が示されている場合は、各ページごとにノートページで議論し、個人の判断で除去してはならない。
3.登場曲は、その選手に特筆するような内容がある場合のみ、文章化して「人物」節に記載すること。(例:横田慎太郎#阪神への在籍中や入江大生#人物・エピソード)ただし、「特筆すべき内容」があまりに多い場合は、独立させて「登場曲について」のような見出しに続けて書く。
4.特筆性の見られない登場曲、例えば事実を羅列しただけで重要なエピソードもないものは、「特筆性なし」とみて除去できる。
まだまだ訂正すべき箇所があると思われるので、あれば遠慮なくお願いします。--フジナミゼン(会話) 2025年7月19日 (土) 13:09 (UTC)
(終了)1か月が経過しましたが、特に新しい意見もないようですので、プロジェクト:野球選手#NPB選手のスタイルに上のルールを追加いたします。議論に参加いただきありがとうございました。--フジナミゼン(会話) 2025年8月21日 (木) 05:33 (UTC)

野球選手の特筆性基準について

おつかれさまです。さて、野球選手の特筆性基準について、議論させていただきたいと思います。Wikipedia:特筆性 (人物)によりますと、「各国のトップレベルのリーグ戦に1試合以上出場した選手」との記載があり、これをNPBに当てはめると、「NPBの一軍の公式戦に1試合以上出場した選手」となると考えています。ただし、現状の慣習としては「支配下選手登録されている(されていた)選手であれば特筆性あり」となっていると考えています。一方、(一度も支配下選手登録されたことがない)育成契約の選手については、一軍の公式戦に出場できませんので、特筆性を満たさないものと個人的には考えております。独立リーグの選手についても同様の考えです。

  1. オリンピックの野球競技、ワールド・ベースボール・クラシック、WBSCプレミア12などの国際大会に出場した選手、指導者。
  2. 各国のトップレベルのリーグ戦に1試合以上出場した選手、指導者。
    • NPB球団に支配下選手登録されたことのある選手(支配下選手枠でドラフト指名された選手を含む)。
  3. 野球競技において特筆すべき実績のある選手、指導者。

野球選手の特筆性基準について上記のように草案を作成いたしましたので、議論のうえでブラッシュアップしていければと考えております。なお、現時点で存在する育成選手の記事を一律で削除すべきとは個人的には考えておりません。--なびお(会話) 2025年6月9日 (月) 15:10 (UTC)

3点目の「野球競技において特筆すべき実績のある選手」で育成選手も独立リーグの選手もカバーできそうですし、良いですね。ただ、「特筆すべき」という定性的な基準については、人によって基準がぶれて、難しいところです。最近は育成選手や独立リーグの選手でも、各種媒体で取り上げられることも多く、それをもって、「特筆すべき」と考える事もできるでしょうし・・・。特筆すべき実績について、定量的な基準というか目安を作るのはどうでしょうか?例えば、育成選手の場合、二軍においてタイトル獲得経験や表彰経験があること。指導者の場合、教え子に2人以上NPBの支配下選手として輩出したことが有ることとか、あるいは全国大会に2度以上出場したことが有る・・・とか。育成選手のまま引退したけれど、スカウトや裏方で活躍された方も扱いが難しいところですね。正直なところ私としては、ある程度分量が書けるのであれば、特筆すべき実績のある人物なのだろうと考えていたりもします。--途方シネマズ(会話) 2025年6月11日 (水) 00:18 (UTC)
そういえば選手としての実績が一切ないサッカーのトップレベルの指導者の記事が、指導者としての特筆性の基準の不備によって特筆性なしと判断されて削除され、その後、指導者としての特筆性の基準が事後的に整備された例もありましたね。--Takagu(会話) 2025年6月11日 (水) 00:56 (UTC)
個人的には、白濱快起やウィルニー・モロンといった、赤リンクの状態のままNPB球団を退団となった育成選手の扱いも気になります。モロンなどのようにドラフトでの指名を挟んでおらず、かつなびおさんの提示された草案を満たさない育成選手は日本プロ野球の育成選手一覧へのリダイレクトでいいのではないかと考えます。--フジナミゼン(会話) 2025年6月11日 (水) 07:08 (UTC)
「野球選手の特筆性基準」については概ね同意です。ただしこれはあくまでも付加的な基準ですので、この基準を満たしていなくても、「基本的な基準」を満たしてさえいれば特筆性があるということを明記した方がいいと思います。具体的に言うと、特筆性あるメディアでその選手を主題にした言及が複数あれば、例えその選手が「野球選手の特筆性基準」を満たしていなくても無条件で特筆性が認められるということです。実際このことを理解せず、「野球選手の特筆性基準」を満たしていないという理由で、大手メディアでの取り上げが複数ある野球選手の削除依頼を行った無知なウィキペディアンが過去に何人かいて、管理者や利用者の方々の手を煩わせたケースがあり(例・「Wikipedia:削除依頼/大友潤」)、今後そのようなことが二度と無いように対処する必要があると思います。--野球健太郎(会話) 2025年12月6日 (土) 10:20 (UTC)

アメリカの大学でプレーしている日本人選手のドラフト会議での指名について

アメリカの大学でプレーしている日本人選手がドラフト会議で指名してもMLBドラフトが終わるまでは交渉できないという規定が設けられたことから、このプロジェクトページにもそれに対応した規定を設けるべきではないかと思います。ぜひ、他のユーザーからの見解を求めます。(参考記事:①・②)--夢幻大(会話) 2025年8月18日 (月) 06:38 (UTC)

取り下げ 1週間経っても意見が無かったため、この提案は取り下げます。--夢幻大(会話) 2025年8月25日 (月) 04:27 (UTC)


文頭定義の一例を修正すべき

  •  ウィキペディアに限らず、すべての百科事典の人物の項目の最初の定義文は、(1)その名前と、(2)その人の職業(主要業績)を書く部分です。それが結果として、「その人がなぜ特筆性があるか」を示す情報にもなります。
    • 出身地、特に市町村はその人の主要業績ではないので、最初の定義文に書かないほうが望ましいです。しかもよりによって、一番最初に「○○市出身の」と書くべきではありません。これでは、生まれた場所が、まるで"最大のレッテル"のようになってしまいます。たとえば誕生後、わずか2〜3年過ごして本人の記憶にまったく無くても、あるいはわずか5年ほど過ごしてほとんど影響を受けておらず、その人にとってはその市町村が全然貢献をしていなくても、その市町村がネチネチとその人のレッテルのようにつきまとってしまうことになってしまいます。スポーツ選手にとっては、大抵、誕生した都市や幼少期を過ごした都市、などというのは小さなことにすぎません。
      • ただし、同姓同名で同一の職業の人物がいる場合は、その同性同名の人物と区別するために、定義文の最初で「○○国の」とか「○○市出身の」と書くのは、一定の妥当性がある。
  • 野球のプロの選手の場合、最初の定義文にはプロの野球選手や、メジャーリーガーと書けば良い。続けて、所属チーム、主要な業績(「ゴールドグラブを○○○○年に受賞」など)を書くほうが良い。
    • どこの都市で誕生したかは、来歴(経歴)の節に書けば十分です。ちなみにスポーツ選手にとって、大抵の場合、誕生した都市は全然重要ではありません。重要なのは、むしろどのような両親の子として誕生したかです。野球選手で大きく影響するのは、たとえば、両親も卓越した運動選手で、その身体的特徴や脳神経の特徴をDNA(遺伝子)で継承しているかどうか、です。競技の種類が違っていても、親のどちらかが、オリンピック選手や他の世界大会の上位入賞者だったり、世界チャンピオンなどだった場合は、「来歴」の節に書いておく価値があります。書いたほうが、本選手の身体的特性の源流が分かります(ただし、親のことは、最初の定義文に書かないほうが妥当です。そんなことをしたら、親をまるで「レッテル」のように使っていることになります。冒頭の定義文ではなく、あくまで「来歴」の節に書くのが妥当です。)。--さざなみとカモメ(会話) 2026年5月29日 (金) 08:37 (UTC)
  • コメント 両親が両方ともスポーツ選手とは限らないでしょう。冒頭に無理して書くのではなく、人物の欄に書けば事足ります。--ミラー・ハイト(会話) 2026年5月29日 (金) 10:24 (UTC)
ミラーハイトさん、誤解しないように。逆だ。私は、冒頭のリード部には書くべきでない、と言っている。書くべき場所は、「来歴」の節です。「両親」とも言っていない。重要なのは、たまたまの誕生地ではなく、親の情報だということ。片親でも良い。親がスポーツ選手なら「来歴」の節に書くのが自然だと言っている、--さざなみとカモメ(会話) 2026年5月29日 (金) 19:57 (UTC)
ミラーハイトさんへ。それと、文例に縛られすぎないように。このプロジェクトの文例は、ウィキペディアの公式ルールではありません。一部のユーザが勝手に書いているものにすぎません。ウィキペディアの全ユーザの総意ではありません。(得体の知れない、一部のユーザが勝手に作成した)文例に合致していないからといってヒステリックにリバートをかけてはいけません。このプロジェクトの文例に合致していない例としては、たとえば項目「長島茂雄」があります。あなたがやっていることは、項目「長嶋茂雄」の定義文の冒頭に「○○○市出身の(元)プロ野球選手、...、...。」と書かれていないからと言って、いちいちヒステリックにリバートをかけるようなものです。ヒステリックなリバートは止めなさい。ウィキペディアではリバートは原則禁止されています。特に極端な間違いでなければ、改良された部分は残すべきです。つまり編集は、リバートでは無く、残す部分は残し、さらに重ねて修正する部分は修正を加える、というやりかたでやるべきです。それがルールです。ルール破りを止めなさい。--さざなみとカモメ(会話) 2026年5月29日 (金) 20:12 (UTC)

節名を「家族」とすべきところを、間違って「人物」とすべきではない

家族に関する情報を記述している節の名は「家族」とすべきである。

節名は絶対に「人物」としてはいけない。

もしかして、「人物」という語の語義や用法すら知らないような、とんでもない者が、野球選手の項目を編集しているのではないか? まずコトバンク掲載のデジタル大辞泉に書かれている「人物」の語義の説明をよく読むべきだ。

大丈夫か? 野球選手の項目を編集している人の中に、学力、特に国語力(日本語力)が極端に低い人が多いようだ。まともな人というのは、小・中・高校の段階で、初めて出会う語を見たら必ず国語辞書を引いて、正しい語義を確認してからその語(単語)を使うものだ。まともな人というのは、小・中・高・大学時代に、辞書を何万回も引いて、母国語の単語についての学習、自己訓練を行う。

辞書は、いうなれば単語の「取り扱い説明書」であり、「使い方マニュアル」だ。使い方に関する注意書き(警告文)も書いてあることがある。

「単語に出会ったら、まず辞書で語義や用法をじっくり読む」ということもせずに、自分の憶測で、誤った思い込みで、勝手に単語を使うな。

まず母国語を間違いなく使えるようになって、ようやく他の科目(外国語(たとえば英語)、社会科、理科、その他のあらゆる教科)の成績も上がり、大学や大学院に進学していけるようになる。何万回も辞書を引いて正しい語義や用法を頭脳に繰り返し刻み込んで、人はようやく、まともな人になる。小・中・高の段階で、母国語の辞書を常に手元に置いて語義や用法を確認しないような人は、まともな人間には絶対になれない。思考や判断のそもそもの土台となる母国語すらまともに使えないようになってしまうからだ。 (毎回辞書を引く習慣は、大人になっても重要だ。大学を卒業しても、各分野で新しく出会った単語を、毎回辞書を引いて確認する必要がある。たとえば、どの分野の人でも、法律の各条文を理解する必要がある場面に出会うが、分からない単語は、めんどくさがらず、法律用語辞典を引くなどして調べないと、法律の条文の理解も適切に理解できず、結果として法律をまともに遵守することもできない。つまり、辞書を調べて語義を確認することをサボるような人は、法律すら守れない人間になってしまう。)

これは日本語の話者である日本人に限らない。英語圏の人でも、スペイン語圏の人でも、母国語の単語の語義を辞書で確認せず、まともな使い方を身に着けられない人は、まともな人間になれない。何をやっても不正確で、誤謬だらけのことをやる人間になってしまう。

大丈夫か? もしかして、母国語の単語の辞書の語義・用法を確認する作業すらサボるような奴、単語の語義も知らず間違った意味で単語を使う奴が、(傲慢にも)ウィキペディアの編集に参加していないか?

小・中・高の段階で「自分が新しく出会った単語を見るたびに、必ず辞書で語義や用法を確認する」という作業をサボってしまった人(低学力の人)は、今からでも遅くないから、「私は、この単語を、辞書で引いて語義や用法を確認した記憶がないなぁ」と感じる単語を見るたびに、辞書で、本当の語義や用法を確認する作業をやるべきだ。たとえ低学力のまま大人になってしまった人でも、諦める必要はない。今後、何千回、何万回と辞書を引いて、語義や用法をじっくり学び、自分の頭の中を書き換えてゆけば、改善はできる。とにかく、めんどくさがらずに辞書は引き続けるべきだ。まともな人間は、大人になっても、たとえ老齢になっても、辞書を頻繁に引いて、語義・用法の確認や学習や自己修正の作業を続ける。それが当たり前だ。もともと学力が高く高学歴になった人でも、老齢になってもそれ(辞書で語義や用法を確認する作業)を続けている。それは皆に必要な作業であり、当たり前の作業だからだ。その当たり前の作業をやるべきだ。--さざなみとカモメ(会話) 2026年5月30日 (土) 00:33 (UTC)

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