ヘンリク (シュレースヴィヒ公) From Wikipedia, the free encyclopedia 在位 1364年 - 1375年出生 1342年ごろ死去 1375年8月埋葬 デンマーク、シェラン島、ソーレ修道院教会ヘンリクHenrik af Sønderjylland シュレースヴィヒ公在位 1364年 - 1375年出生 1342年ごろ死去 1375年8月埋葬 デンマーク、シェラン島、ソーレ修道院教会配偶者 クニグンデ家名 エストリズセン家父親 デンマーク王ヴァルデマー3世母親 リヒャルディス・フォン・シュヴェリーンテンプレートを表示 シュレースヴィヒ公ヘンリク(デンマーク語:Henrik af Sønderjylland, 1342年ごろ - 1375年8月)は、シュレースヴィヒ公(南ユトランド公)(在位:1364年 - 1375年)。 ヘンリクはデンマーク王ヴァルデマー3世(シュレースヴィヒ公としてはヴァルデマー5世)の次男である。兄ヴァルデマー(1338年頃 - 1360年)はいくつかの文書に父ヴァルデマー3世とともに署名していたが、ヴァルデマーが1360年に死去した後は、ヘンリクがその役目を果たした。ヴァルデマー3世の家系はデンマーク王アーベルを祖とするエストリズセン家の分家で、叔母ヘルヴィはデンマーク王ヴァルデマー4世の王妃であった。 1364年、ヘンリクはシュレースヴィヒ公領の一部のみを継承した。公領の南部はホルシュタイン伯に質入れされており、残りは母リヒャルディスに寡婦財産として与えられたためである。このようにヘンリクには公領のごく一部しか残されておらず、ヘンリクは度々資金不足に悩まされた。1367年、ヘンリクはランゲラン島をデンマークの貴族パンダ家(Panter)に質入れせねばならなくなった。ヘンリクの支配領域は北の強大なデンマーク王ヴァルデマー4世と、南のホルシュタイン=レンズブルク伯ハインリヒ2世およびニコラウスの支配領域にくさびを打ち込む場所にあり、ヘンリクはこの対立する両者の仲立ちをしようと試みたが、集中砲火を浴びることになった。1374年6月、ヘンリクは全ての質権の証書をデンマーク王に譲渡することになった。 ヘンリクは1375年8月に死去し、シェラン島のソーレの教会に埋葬された。 結婚 ヘンリクはクニグンデ(1386年没)と結婚したが、クニグンデの出自については未詳である。ヘンリクには子がおらず、エストリズセン家のシュレースヴィヒ公家はヘンリクの死により断絶した。クニグンデはヘンリクの死後デンマークへ行き、そこで死去した。 参考文献 Dansk biografisk leksikon, vol. 10, Copenhagen, 1936 Diplomatarium Danicum III, 9, Nr. 375 (contains the pledge letters of 1374), Copenhagen 1982 Otto Brandt: Geschichte Schleswig-Holsteins, Kiel, 1989 Hans J. Runge: Niehuus in der spätmittelalterlichen Landesgeschichte, in: Jahrbuch des Heimatvereins Schleswigsche Geest 2003, Husum, 2002 H.V. Gregersen: Slesvig og Holsten indtil 1830, Copenhagen, 1981 先代ヴァルデマー5世 シュレースヴィヒ公1364年 - 1375年 次代ヘンリク・ヤーンクラウス Related Articles