ヘンリー・アイザック・ラウントリー
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ヘンリー・ラウントリーは、ヨークのペイブメント通り (The Pavement) にあった父親の店で徒弟として働いた後、1860年に父が死去したのを受けて、ワイムゲート (Walmgate) にあったテューク家の店で働くようになった[1]。
1862年6月、ラウントリーは、チョコレートやココアの製造に関する部門とチコリーを扱う部門を買い入れ、12名ほどの人員を雇い入れて、自身の事業を立ち上げた[2]。彼はクエーカーとしての信念に従い、常に高品質を追求した[2]。1864年8月、彼は、タナーズ・モート (Tanners Moat) にあった使われなくなっていた鋳造所 を買い取り、ここに新たな工場を建設した[3]。しかし、週刊新聞『Yorkshire Weekly Press』紙の編集発行者として責務が重荷となり、チョコレート事業に手が回らなくなってしまうと、チョコレート事業は不振に陥り、1869年6月には兄であるジョセフ・ラウントリーを、事業の共同経営者として迎え、事業も「H. I. Rowntree & Co.」と改名することになった[3]。兄弟は、共同経営を続け、事業は成長に成長を重ねたが、ヘンリー・アイザックは、1883年に死去した[4]。