ヘンリー・ハワード (第3代エフィンガム伯爵)
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第2代エフィンガム伯爵ヘンリー・ハワードと妻イライザ(Eliza、旧姓ドラモンド(Template:Drummond)、1811年ごろ – 1894年2月27日、サー・ゴードン・ドラモンドの娘)の長男として、1837年2月7日に生まれた[1]。ハーロー校で教育を受けた後[1]、1855年6月7日にオックスフォード大学クライスト・チャーチに入学した[2]。
1858年5月17日にオックスフォードシャー・ヨーマンリー連隊のコルネット(騎兵少尉)に任命され[3]、1872年6月1日に辞任した[4]。
1876年12月21日、オックスフォードシャーの副統監に任命された[5]。
1889年2月5日に父が死去すると、エフィンガム伯爵位を継承した[1]。貴族院では自由統一党に属した[1]。
長く苦しい闘病生活ののち、1898年5月4日にサックヴィル・ストリートのサックヴィル・ホテル(Sackville Hotel)で死去、7日にケンサル・グリーン墓地に埋葬された[1]。息子ヘンリー・アレクサンダー・ゴードンが爵位を継承した[1]。