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ベセーナ

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『ベセーナ』(英:Bethena)は、スコット・ジョプリンが1905年(3月6日に著作権登録)に作曲したピアノ独奏曲。作曲者自身によって『コンサート・ワルツ』(A Concert Waltz)という副題が付けられている。

初版の楽譜の表紙。

概要

本作品は、ジョプリンが2番目の妻フレディ・アレクサンダー(Freddie Alexander)を結婚式の10週間後である1904年9月10日に肺炎で亡くしてから最初に書いた作品であり、初演後しばらく忘れ去られていたが、1970年代以降にジョプリンの作品が再評価されはじめてから本作品も再発見され、ジョプリンの研究家や批評家から称賛を受けた[1][2]。

背景

ジョプリンが作曲家として広く知られるようになったきっかけは、1899年に発表した『メープル・リーフ・ラグ』であった。同曲は器楽曲として大ヒットし、ジョブリンに多額の印税収入をもたらしただけでなく、同時代の人々から「ラグタイムの王(King of Ragtime)」と称されるような名声を確立させた[3]。

1903年秋、ジョプリンは自身初のオペラ『ゲスト・オブ・オナー[注釈 1]』(A Guest of Honor)の全米ツアーを開催。しかし、チケットの売上金を興行関係者に盗まれてしまい、大きな損失を出してしまう[5]。さらに、下宿代の未払いを理由に、オペラの楽譜を含む所持品が差し押さえられてしまい、資金難に陥ってしまった[1]。同時期、ジョプリンの家庭でも問題が発生していた。1904年6月、ジョプリンは二番目の妻で当時19歳のフレディ・アレクサンダー(Freddie Alexander)と結婚したが、10週間後の1904年9月10日、フレディは肺炎で亡くなってしまう[6][7][8]。その後、妻を失ったジョプリンがどのように過ごしていたかは不明だが、1905年初めにミズーリ州セントルイスに移住したとの記録が残っている[9]。当時、同地には、ピアニストのルイ・ショーヴァンや音楽家のジョー・ジョーダンなど、ジョプリンの友人らが居住していた[9]。

正確な作曲時期は不明だが、1905年3月6日に『ベセーナ』(原題:Bethena, A Concert Waltz)の著作権登録が実施され、地元のセントルイスの「T・バーンセン社」(T. Bahnsen Piano Manufacturing Company)から出版された[10]。ジョプリンの楽曲の多くは作成時期がわかっていない中で、本作は公的な記録によって作曲時期が判明している点で重要な作品とされる[11][12]。

『ベセーナ』は、妻フレディを亡くした直後という、ジョプリンにとって精神的にも経済的にも困難な時期に発表されている。『ベセーナ』も含め、同時期に発表された作品のほとんどは、無名の出版社からリリースされており、出版当時は注目されていなかった[13]。

評価

『ベセーナ』が発表された当時、どのような評価を受けたかは明らかにはなっていない。しかし、実績もない無名の出版社から刊行されたことを鑑みると、商業的な成功には至らなかったと考えられている[14]。さらに、1917年にジョプリンが亡くなると、『ベセーナ』は他の作品と同様に顧みられることがなくなった。その後、1940年代に、ジョプリンの再評価が始まったが、その多くは『メープル・リーフ・ラグ』などのラグタイムの作品に集中しており、『ベセーナ』には目が向けられていなかった[15]。

『ベセーナ』への再評価が始まったのは、1970年代のリバイバルブームである。1970年にジョシュア・リフキン(英語版)は、ジョプリンの代表的なラグタイム楽曲を収録したアルバム『ピアノ・ラグス・バイ・スコット・ジョプリン(英語版)』を発表。同作は、初年度に10万枚以上を売り上げ、最終的にミリオンセラーを記録。このヒットをきっかけにジョプリンのリバイバルブームが起こる[16]。 その後、1972年には、リフキンが続編として『Volume 2』を発表。『ベセーナ』はその一作品として収録された[17][18]。1974年9月28日付のビルボード「クラシックLP売上ランキング」では、『ピアノ・ラグス・バイ・スコット・ジョプリン』が5位、『Volume 2』が4位、両巻合本盤が3位を記録。両作は、その後1年以上チャート入りするロングヒットとなった[19]。

専門家による批評

  • ジョプリンの研究で知られる音楽学者エドワード・A・バーリン(英語版)は、ト長調で繰り返される主題や対位法的なパッセージ、和声構成を評価し、「『ベセーナ』は、魅惑的な美しさをたたえた、ラグタイム・ワルツの最高傑作の一つ」であると評している[1]。
  • ジャズ評論家のルディ・ブレッシュ(英語版)は、ジョブリンの別のワルツ作品『ビンクス・ワルツ』(Binks Waltz )とも比較。『ビンクス・ワルツ』がシンコペーションのない軽快なスタイルであるのに対し、『ベセーナ』はリズムの変奏、各旋律の美しさ、豊かに表現された和声を有しており、「傑作」であるとの評価を行っている[20]。
  • 音楽史家のギルバート・チェイス(英語版)は、古典的なワルツと黒人音楽のラグタイムという異なる音楽様式のリズムが融合している点を述べ、音楽様式の融合に成功した「独創的で魅力的な見本」であると指摘している[21]。
  • クラシック・ギター演奏家のジョバンニ・デ・キアロ(Giovanni De Chiaro)は、『ベセーナ』がワルツの3/4拍子においても、ジョプリン特有のシンコペーションを「魅惑的な」手法で表現していると記している[22]。

エピソード

  • 『ベセーナ』という曲名の由来はわかっていない[4][23]。
  • 初版の楽譜の表紙には、女性の写真が掲載されているが、その人物の身元はわかっていない。写真については、妻フレディの結婚式当日の姿とする説もあるが、明確な特定には至っていない[4][23]。
  • 『ベセーナ』はミズーリ州セントルイスのダン・E・ダベンポート夫妻に献呈されているが、同夫妻がどのような人物だったかは判明していない。エドワード・A・バーリン(英語版)によれば、妻フレディの死の直後にダベンポート夫妻がフレディに何らかの支援をした人物だったのではないか、ジョプリンはその支援に感謝するために献呈したのではないかと推測している[6]。
  • ピアニストのランディ・カーバー(英語版)が演奏したバージョンが、映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)のサウンドトラックに収録されている[24][25]。

脚注

参考文献

外部リンク

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