ベニー・ベギン
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政界入り
1988年の総選挙でリクードから出馬、同年の選挙で初当選し、政界きっての強硬派として立ち回る。1992年の総選挙で、イツハーク・シャミール政権が大敗、リクードが下野すると、同党の党首選に出馬するものの、ベンヤミン・ネタニヤフの前に敗北。ネタニヤフとの関係は必ずしも悪くなく、1996年の総選挙の際には、選挙CMでネタニヤフへの支持を呼びかけた。ネタニヤフ政権発足後は、同政権に科学相として入閣。しかし、ネタニヤフのパレスチナ政策が迎合的であるとして同政権を激しく批判。1997年のヘブロン合意で追加撤退がなされたことに抗議し、科学相を辞任。その後、リクードからも離脱し、レハバム・ゼエビ議員と共に、右派・宗教勢力の結集を目指し、1999年には国家統一党を立ち上げる。ベギンは、同年実施された首相選に出馬するものの、支持が低迷したことで最終的に断念し、政界からも一時引退する。その後は、地質学の研究に没頭する。

