ベンジャミン・ウォースリー
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アイルランドにおけるウォースリーの測量事業は、1652年8月12日に英国議会で制定された「アイルランドにおける土地資産処分法(en:Act for the Settlement of Ireland 1652」と1653年9月26日に制定された「アイルランドにおける土地償還法」を根拠に、アイルランド人の土地を収奪しイギリス人に再分配するために実施された。ウォースリーは1651年からクロムウェル軍の軍医となり、1653年8月から測量事業の主宰者として測量総監の任についた。しかし、ウォースリーの測量は土地の良否や土地保有者の確認がなされず、また土地面積もおおよその推定で計測されたに過ぎず、遠征に参加した兵士や投機者に土地を分配するには不備が多すぎるものであった。このため軍医総監ウィリアム・ペティの提案により、より細密で科学的な測量が実施されることになり、ウォースリーによる測量は1654年に中止されることになった。ただし、19世紀における測量の権威トーマス・ラーカムによれば、ウォースリーの測量はペティの測量には劣るものの当時の測量の水準を満たしており、ペティの主張するような「不十分かつ不条理」なものではなかったとされている。[2]