ペーチMFC
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1950年8月22日にペーチ・ドージャ (Pécsi Dózsa) として創設された[1]。クラブカラーは紫と白[1]。
1973年2月16日[1]、ペーチ・ドージャ、ペーチ・エールツバーニャース、ペーチ・バーニャースなどのペーチの5つのクラブが合併してペーチ・ムンカーシュ・シュポルト・ツルブ (PMSC: Pécsi Munkás Sport Club) が誕生した[2]。PMSCのクラブカラーにはエールツバーニャースの赤と黒が選ばれた[1]。1978年と1987年にマジャル・クパで準優勝、1990年に決勝でブダペスト・ホンヴェードに2-0で勝利して初優勝した[3]。PMSCにはサッカー、卓球、陸上競技、レスリング、柔道、カヤック=カヌー、自転車、ハンドボール、バスケットボール、乗馬、モータースポーツ、近代五種競技、チェス、重量挙げ、ボウリング、ハイキング、体操、水泳、フェンシング、水球の全20部門(カヤックとカヌーを別部門と考えると全21部門)が存在したが、主に財政的制約のためにサッカー部門以外は独立していった[1]。
1995年夏、1995-96シーズン開幕前にペーチ・メチェク・フトバッル・ツルブ (PMFC: Pécsi Mecsek Futball Club) に変更された[1]。2007年夏にMatyi DezsőがPMFCの過半数所有者となったが[1]、2015年夏にMatyi Dezsőとペーチ市はPMFCが再び市のクラブとなることで合意した[4][5]。
PMFCは2014-15シーズンのネムゼティ・バイノクシャーグIで11位になったが[4]、2015-16シーズンのNB Iのライセンスを取得できなかった[6]。PMFCと同じくNB Iに所属していたジェールETO、ケチケメート、ニーレジハーザの3チームも降格圏外であったが、ライセンスを取得できなかった[6]。最終的にPMFCは2015-16シーズンはNB Iから3段階降格したバラニャ県1部リーグに所属、リーグ優勝してネムゼティ・バイノクシャーグIIIに昇格した[7]。
獲得タイトル
- マジャル・クパ:1回
- 1989-90
欧州の成績
| シーズン | 大会 | ラウンド | 対戦相手 | ホーム | アウェー | 合計 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1962-63 | インタートトカップ | グループB4 | 5-2 | 0-0 | 1位 | ||
| 4-1 | 2-1 | ||||||
| 5-3 | 1-0 | ||||||
| 準々決勝 | 2-1 | 2-2 | 4-3 | ||||
| 準決勝 | 0-3 | 3-4 | 3-7 | ||||
| 1970-71 | インターシティーズ・フェアーズカップ | 1回戦 | 3-0 | 1-2 | 4-2 | ||
| 2回戦 | 2-0 (a.e.t.) | 0-2 | 2-2 (p) | ||||
| 3回戦 | 0-1 | 0-2 | 0-3 | ||||
| 1986-87 | UEFAカップ | 1回戦 | 1-0 | 0-2 | 1-2 | ||
| 1988 | インタートトカップ | グループ9 | 0-1 | 0-1 | 2位 | ||
| 3-1 | 0-0 | ||||||
| 2-0 | 1-3 | ||||||
| 1990-91 | UEFAカップウィナーズカップ | 1回戦 | 0-1 | 0-2 | 0-3 | ||
| 1991-92 | UEFAカップ | 1回戦 | 2-2 | 1-4 | 3-6 |
現所属メンバー
- 2020年8月12日現在
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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