ホン・ナン・シーダー
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ホン・ナン・シーダー(ラーオ語:ໂຮງນາງສີດາ 英語:Hong Nang Sida)は、ラオス南部のチャンパーサック県チャンパサック郡に位置する、アンコール時代の主要な遺跡の一つである。
この遺跡はホン・ナン・シーダー寺院を含み、ワット・プー寺院の小バライ の南約1.5kmの平地に位置する。全域は土製の城壁 に囲まれており、西側と南側では現存し、東側でも部分的に残っている[1]。
ホン・ナン・シーダーは、ワット・プー寺院の軸線上に位置し、同寺院への崇拝や巡礼と関連した活動が行われていた[2]。この地域は、ワット・プーの古代都市シュレスタプラ(Sresthapura)の後継であるアンコール時代(9世紀から14世紀頃)に遡る組織化された集落リンガプラ(Liṅgapura)という、アンコール時代の都市(City)であったと考えられている[1][2]。
主寺院エリアはほぼ完全に崩落し、砂岩ブロックの山となっていたが[3]、韓国による支援を受けて2025年に修復が完了した[4]。
ホン・ナン・シーダーは2000年にユネスコ世界遺産「チャンパサック県の文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺産群」として登録された遺跡群の一つである[1]。
歴史的背景と年代
ホン・ナン・シーダーは、アンコール時代(9世紀から14世紀頃)に遡る組織化された集落リンガプラ(Liṅgapura)の遺跡であり、その一部として建設された。この集落は、プー・カオ山(ワット・プー)の南東斜面に位置する平坦な地域を占めている[7]。
年代
主寺院の様式比較に基づき、通常11世紀のものとされている。遺跡全体としては9世紀から14世紀という長い期間に帰属すると考えられている[7][1]。寺院の建設は、ワット・プーの主要な建物やバン・タットの塔の建設と並行して行われたと見られ、おそらく11世紀末か12世紀前半のものと考えられている[8]。
立地
遺跡の立地は、建材(砂岩や木材)の供給源(プー・カオ山)に近いこと、南へ続く主要道路(古代クメール街道)が存在すること、水資源の利用・管理の可能性、そしてワット・プー寺院での崇拝や巡礼への参加との関係性によって理解されている[7]。
古代街道
この遺跡の西部は、ワット・プーと、さらに南にあるホン・タオ・タオやバン・タットなどの遺跡、そして最終的にはカンボジア北部の平原を結ぶ主要な古代街道が通る重要な地域であった[7]。