ホーカー ハート
From Wikipedia, the free encyclopedia
開発
1926年、航空省はD.H.9Aとフェアリー フォーンの後継機を求める仕様12/26を発行した。エンジンはロールス・ロイス社製V型12気筒のファルコンF.1が指定されていた。ホーカー社はシドニー・カムをチーフデザイナーとしてこれに応じた。カムはわずかな時間で基本設計を行い、キングストンのホーカー工場でフルサイズモックアップが製作された。
1927年初頭にホーカー社は仕様12/26に応札した。エンジンは新型のロールス・ロイスF.XI(後のロールス・ロイス ケストレル)を装備した。1928年6月、ハート原型機(J9052)はジョージ・バルマンの手で初飛行した。飛行テストはブルックランドで秘密裏に行われた。11月、ハート原型機はマートルシャム・ヒースでアブロ アンテロープ、フェアリー フォックスMk.IIと比較評価を受け、ハート原型機は圧倒的に優れていると判定された。このとき、525馬力のケストレルIBエンジンでハート原型機は296km/hの最高速度を記録した。
イギリスでの運用
仕様9/29として発注がなされ、1930年1月、イーストチャーチの第33飛行中隊は、ホーカー ホースリーからハートヘ機種改変した。1931年1月、アンドーバーの第12飛行中隊は、フェアリー フォックスからハートへ機種変更した。イギリス空軍の保有する戦闘機よりも高速だったので、ハートは配備されてすぐに防空任務に就いた。大量生産の結果、1933年には6つの飛行中隊がハートを装備していた。1934年には補助空軍の近代化が図られ、ヘンドンの第601飛行中隊が、ウェストランド ワピティからハートに機種改変した。1936年までに9つの補助空軍飛行中隊がハートを装備した。ハートはホーカー社のほか、アームストロング・ホイットワース、グロスター、ビッカースの各社で生産された。1935年、第二次エチオピア戦争に対応して第45飛行中隊がエジプトに、第12、第33、第142飛行中隊が中東に展開した。1936年、予備飛行隊の近代化が図られ、第500、第501、第503飛行中隊がハートに機種改変した。ハートが第一線を退いたのは1939年だった。ハートは試作型も含めて928機生産された。
他国での運用

1931年、ユーゴスラビア空軍は、4機のハートを受領した。
1932年、エストニア空軍は8機のハートを受領した。この機体はケストレルIISエンジンを装備し、車輪とフロートの交換が可能だった。
1934年、スウェーデン空軍は4機のハートを受領した。この機体はブリストル ペガサスIM2空冷星型エンジンを装備し、車輪とフロートの交換が可能だった。スウェーデン空軍は、1935年から1936年にかけてペガサスIU2エンジン装備のハート42機をライセンス生産した。
南アフリカ空軍は最大のユーザで、約180機のハートを使用した。
